スポンサードリンク
スポンサードリンク
名前 |
地蔵山墓地 |
---|---|
ジャンル |
|
住所 |
|
評価 |
4.0 |
地蔵山の松林は市川を代表する松林の一つである。デニーズ側の駐車場(今はマンションが建つのでその北側)から眺めると松が北側に傾いているのがよくわかる。海からの風を受けながら成長したためである。墓地には名前の由来となっている市川新田の開発の主導者、田中正成(まさしげ)の墓碑が正面にある。その子孫は代々新田の名主を勤めたという。また、ここの墓地にある松の根元には、戦争末期(昭和19~20年)、飛行機の燃料不足を補うために松脂(まつやに)を採った矢羽根状の傷痕が多くの松にある。松根油を採った痕と言われるが、松根油はもともと松の根っこをチップ状に砕き、それを釜で茹でて乾溜して油を生成したものであつた。大変な作業であったためか、終戦間際には、小学生や婦女子を動員してでもできる松に傷痕をつけて松脂を採って油を生成する方法が広く行き渡ったようである。これも松根油と言われている。