多摩湖の歴史を刻む親柱。
旧主柱の特徴
旧高欄と並ぶ貯水池堰堤北端の特異な景観が魅力です。
WW2中にアメリカ軍の爆撃から守られた耐弾層を体感できます。
昭和2年に完成した親柱が存在し、歴史を感じる場所です。
ここ下貯水池堰堤北端にある「旧高欄」同様、WW2中アメリカ軍の爆撃からダムを護るための耐弾層に埋もれていた親柱(欄干の端にある太い柱)。ダム補強工事による耐弾層撤去の際、全身を現した。旧高欄と違い上部は埋もれていなかったため、カモフラージュで塗った黒いコールタールが今も残っている。村山上下貯水池と山口貯水池は、WW2末期の1945年4-6月に計五回の空爆を受けているが、堰堤の被害及び人的被害は無かった模様。(なお、親柱は実際はもう少し北寄りにあったと言う)
多摩湖のすぐ近くにある柱です。親柱とは橋🌉などの手すりの曲がり角や端に使われる部材です。上部が黒いのは空爆されないよう黒く染めたそうです。
昭和2年(1927年)の堤体完成時の親柱です。太平洋戦争時に爆弾から堤体を保護するため耐弾層(玉石を積み、コンクリートで固めたもの)に、下から半分程度が埋まり露出部はカモフラージュのためコールタールで黒く塗ってありました。堤体強化工事(2003年~2009年)に伴う耐弾層撤去によって、建設当時の親柱全体が出現しました。東京都水道局では、当時の土木技術を後世に伝える貴重な近代土木遺産として、ここに保存・展示しています。
| 名前 |
旧主柱 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
ここ下貯水池堰堤北端にある「旧高欄」同様、WW2中アメリカ軍の爆撃からダムを護るための耐弾層に埋もれていた親柱(欄干の端にある太い柱)。ダム補強工事による耐弾層撤去の際、全身を現した。旧高欄と違い上部は埋もれていなかったため、カモフラージュで塗った黒いコールタールが今も残っている。村山上下貯水池と山口貯水池は、WW2末期の1945年4-6月に計五回の空爆を受けているが、堰堤の被害及び人的被害は無かった模様。(なお、親柱は実際はもう少し北寄りにあったと言う)