武藤氏の功績を称える石碑。
武藤良由碑の特徴
武藤良由碑は教育に貢献した武藤氏の功績を称える石碑です。
東村山市指定の有形文化財として歴史的価値があります。
野口町の歴史を感じる貴重なスポットとして訪れる価値があります。
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今の野口町辺りで教育に貢献した、武藤氏という方の功績を称える石碑。
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| 名前 |
武藤良由碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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東村山市指定有形文化財。明治十三年四月建之銘。篆額は高林五峰、書丹は高林二峰の父子によるものと読め、また、撰文は栗本鋤雲と分かる。明治期の郷土史家杉本林志が著した狭山丘陵周辺の地誌である『狭山之栞』によれば、本石碑は玉泉山常寶院の門外にあったとあるが、現在は、住宅地内の墓地にある様だ。なお、以下の本文、案内板あるいは『狭山之栞』より、寺院は明治期の修験道廃止令により廃寺になったものと解される。以下、本文を書き下す。翁、姓は武藤、名は良玄、号は良由といい、武州北多摩郡野口村の人なり。文化癸酉(ぶんかきゆう:文化十年)に生まる。家は世(よよ)聖護院宮末下の本山修験なり。維新の際、職を転じて神官となる。人となり、貌(かたち)厚くして気は純なり。読書を好み、国学に通ず。平生、己を律するに嚴しく、人を待するに寛なり。常に郷隣を憂う。皆、農なり。ただ甽畝の間に奔走するのみにして、諷誦を何物ぞと知らず。これを以て、礼節簡に過ぎ、あるいは敬事の道に違うことあり。暇ありては則ち子弟を教誨し、懇愊として倦まず。十年一日の如し。ここにおいて、郷人これを愛慕し、敬憚す。漸くにして講読の不可欠なるを知る。明治六季、公立小学校の建つるにあたり、邨吏・故老皆翁を推して、これを師と請う。翁、衰邁を以てこれを謝す。日に花竹を愛玩し、一吟一詠して以て自らを適しむ。受業の子弟、その恩誼を深く感じ、醵して一片の石を為し、その徳を記す。噫嘻、翁のその志、今日にして始めて酬いらるるかな。翻刻】翁姓武藤氏名良玄號良由武州北多摩郡野口村人以文化癸酉生家世聖護院宮末下本山修驗也維新之際轉職為神官為人貌厚而氣純好讀書通國學平生律己嚴而待人寬常憂郷隣皆農唯奔走于甽畝間而不知諷誦為何物是以禮節過簡或有違敬事之道暇則敎诲子弟懇愊不倦十年如一日於是鄉人愛慕而敬憚漸知講讀不可缺明治六季公立小學之建邨吏故老皆推翁請為之師而翁以衰邁謝之日愛玩花竹一吟一咏以自適焉受業子弟深感其恩誼為醵一片石以記其德噫嘻翁其志今日始酬矣。