江戸時代の馬の歴史、土手で感じる!
南柏・松ヶ丘 野馬土手緑地の特徴
日本一の野馬土手は長さ500m、高さもあり壮観です。
江戸時代の上野牧の遺構として貴重な歴史を感じられます。
夏の夜にはカブトムシとクワガタが集まる特別な樹木があります。
江戸時代の人間にとって「馬」は、現在よりはるかに身近でかつ重要な存在でした。武士にとっては移動用の乗用車であり、敵に突撃する戦車の役割も担いました。また民間においては荷駄を運ぶトラック、そして農耕のためのトラクターでもあったのです。その重要な馬を産出するために、江戸幕府は広大な放牧場を今の千葉県内に多数保有していました。それは「牧」と呼ばれ長大な土塁と堀で囲まれていて特に千葉県北部の五つの牧は「小金牧」と総称されています。ここは、その内のひとつである「上野牧」の土塁の一部です。見どころは二重になった土塁で(写真参照)市境も兼ねていて柏市側が牧内で、流山市側が人間の居住域になります。柏市側の土塁は低く傾斜も緩やかで、これは馬の足を傷つけないようにする工夫です。一方、流山市側土塁は高く急傾斜していて、ここから先は絶対防衛圏である事を示しています。これなら例え柏市が攻めてきても、流山市は安心ですね(笑)。また面白いのは、幕府は牧内で馬を放し飼いにして自然繁殖させていた事で、半野生化していました。これは優秀な種馬を除いて全て去勢してしまう騎馬民族とは対照的です。馬の強弱は戦力に直結しますからね。また去勢しない馬は虎のように気が荒く、制御が難しいそうですが、恐ろしい事に日本人は明治になるまで、その方法を知らなかったようなのです。明治になって外国からやってきた軍事教官が、馬が全て去勢されていない事を知って「頭は確かか?」と言ったとか言わないとか(笑)。
7~8月の夏、夜中の21時頃になるとカブトムシとクワガタが集まる樹木が一つあります。子供が喜びそうなスポットです。ただし、カブトムシたちを捕まえて持ち帰るのはやめてください。自然の世界で生きているんだよ、と子供たちに教えてあげる場所です。ご協力宜しくお願いします。
さすが日本一の野馬土手だけあってとても長く、高さもあります。柏市と流山市の境になっています。外から堀に入る通路が数ヶ所あります。土手があるだけでなく、堀と2つの土手で断面がMの形になっています。堀を歩くと周りの木々、緑に囲まれたトンネルのようです。森から出ても土手は続いており、道で切れている部分もありますが畑があるところまで土手は続いています。
柏市と流山市の境界線がこの土手のようで豊四季と松が丘との境が特別緑地保全地区となっています。土手は長さ500m高さ3・4mでほぼ完全な形で残っています。幕府の牧場の馬が逃げたり畑を荒らしたりしないように、柵の代わりに人力で築いた野馬除土手の跡です。柏の馬の話はいろいろあって「おーい」と愛馬、のちの名馬ikezukiを呼んだ小高い丘(塚)があの交通要所で車の往来の多い「呼塚」です。歴史に残る名馬 摺墨Suru-sumi や池月 Ike-zuki (生食)など調べてみると楽しいですよ。特に宇治川のエピソード、佐々木君の馬のトリックに引っ掛かった梶ちゃん..(笑)
流山市と柏市の境に連なる江戸時代の放牧場である上野牧の遺構。馬が出られないように盛られた土塁と深い堀がよく残っていて圧巻です。
ここは下総小金牧の上野牧跡で、500mはありそうな野馬土手で上野牧の南西部に当たるところです。JR南柏駅から国道6号線を渡って、やや細い一方通行を少し行くと見えてきます。流山市と柏市の境にありますが、住所は柏市になるのかなぁ?流山市側が大土手で村や田畑があったものと思います。堀を挟んで小土手が柏市側になり、こちらから上野牧が広がっていたと考えられます。両市に保護されている野馬土手で、解説板があり参考になります。※2026年加筆再レビュー。
| 名前 |
南柏・松ヶ丘 野馬土手緑地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
04-7167-1111 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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こんな歴史遺産が南柏駅のそばの流山市と柏市の境にあったことが素晴らしいこと。