千年の歴史を胸に、色鮮やかな山門四天王。
布施弁天 東海寺の特徴
色彩豊かな四天王の立像が待っている寺院です。
あけぼの山農業公園の近くでアクセスも良好です。
初訪問でも感動できる素晴らしいスポットです。
車で行きました。道路が少しグネグネで狭くなってる所がある道を進むと分かりやすく駐車場があります。砂利の駐車場は広々していて停めるのは困らない広さです。近くにお花がかなりの広さで植えられていました。今日は時間がなかったので布施弁天だけ観に来ました。とても大きくきれいに整備されていて立派でした。30度くらいあったので白い石に光が反射して眩しいくらいだったので日傘はあったほうがいいと思います。本堂の周りにも色々ありますのでゆっくり時間をかけて観られる場所だなと思いました。
但馬の国筒江の里に伝わる伝説—布施弁財天のいわれー千葉県柏市布施に紅龍山東海寺という名利がある。大同二年(八〇七)七月七日の早朝、湖の中から紅色の龍が現れ、たちまちにして島が出現し、日が没するころにはおおきな振動と共に不思議な雲が島の周辺にたなびいた。そのときどこからともなく現れた弁財天がいうには「私は但馬の国朝来郡筒江村より来たりてこの島に降臨したり」と。これより以後、毎夜のごとく島には明るい炎が輝いていた。弁財天が里人の夢に現れて述べるには「私の住んでいた安らかな山は但馬国朝来郡筒江村にあり。みるところ板東武者はわがままにして欲が深く、仏神を敬おうとする者少なし。よってこの地に来たれり」と。里人は島に渡り洞穴の中で光を放つ三寸余の尊像を発見した。この尊像が弁財天であることを知った里人は、歓喜のあまり藁葺きの小さな祠と構え、尊像を安置し、香幸とたむけた。弘仁年间(八一〇~八二三)、弘法大師空海は各地を巡錫の途中、この地に錫を止めた。弁財天を仰ぎ見ると、知恵・徳のある相にして慈悲の心あふれた像である。じっと見ていた空海は「ああ、これは以前、但馬同江にいたころに彫刻した尊像である」と語った。筒江には、香林庵という庵があり、この尊像は、空海がこの香林庵に止宿していたころに彫刻したものであった。空海の弟子の雲龍が里人からその顛末を聞き、歓喜のあまりこの地と布施と名付け、紅龍山東海寺と洋創した。この後朝廷の庇護もあり、弘仁十四年(八二三) 堂塔大伽藍と奉建し、荘園も寄進され勅願所に指定された。その後幾多の盛衰を経て、昭和四十九年(一九七四)四月、往時にまさる復興を遂げた。ちなみに、ご本尊の弁財天は秘仏で、御開帳は巳年(十二年に一度)に行われます。【現地案内板より抜粋】あけぼの山公園に隣接、広い駐車場もあります。鐘楼・楼門・三重塔等に加え、敷地にはCafeもあり。
「1200年の歴史がある古刹。春のあけぼの山公園との同時参拝が理想」春の桜と秋の紅葉も楽しめるみたいですが、出来れば春のあけぼの山公園のチューリップとセットで参拝すると、感動もひとしおだと思います最初はあけぼの山のチューリップだけ見に来たので、全く寄るつもり無かったのですが、視界にチラッと本堂が見えた瞬間、帰りに寄ろうと決めました。遠巻きに見ただけで存在感を感じさせてくれる立派な拝殿でした重要文化財の鐘楼も彫刻がすごいので、出来たら見てみてください。
十二年に一度の御開帳日。白蛇様を拝み見て脱皮破片を同封した白蛇御守を購入。非常に貴重な日に参拝することができて良かったです。行った日は並ぶこともなく、ゆったりと回ることができました。
利根川の近くにある弁財天を祀る寺院。大同2年(807年)創建の古刹で、嵯峨天皇の勅願により空海が創建したと伝えられています。近隣の人々からは「布施の弁天様」として篤い信仰を集め、親しまれています。また、神奈川の江島神社、東京の浅草寺弁天堂と合わせて関東の三大弁天とされています。境内は小高い丘のようになっており、周囲が水田の低地なため、見晴らしが良く、晴れて空気が澄んだ日には遠く筑波山の姿を望むことができます。寺の入り口にある楼門は「最勝閣」と呼ばれ、浦島太郎に出てくる竜宮城の門のような珍しい造りです。本堂は朱塗りにされており、至る所に菊の御紋が飾られており、寺格の高さを感じさせます。また、屋根の銅板がかなりの厚さでこれほどのものは他に類を見ない唯一無二の建築です。鐘楼も珍しい造りで八角形の石積みの上に円形の建物が建っています。そのほか、三重塔などもあり、建築が特徴的で見どころが多い寺院だと感じました。
紅龍山布施弁天東海寺関東三大弁天のひとつ御朱印は2種と限定見開きあったが毎月一日限定の判の大辨財天を。巳の日だとヘビの判になる竜宮城の門の様な楼門最勝閣重厚な屋根の本堂階段にはよく分からん陶器の壺あけぼの公園を目の前にした小高い地に千葉県指定有形文化財の建造物裏手は立ち入り禁止なので間近な所で堪能できる手前の駐車場には何故か鳥居と参道が。その先が楼門前に続くという何とも不思議な組み合わせその楼門、これも立派で足が止まる彫刻も良い感じ。楼門の四方には四天王階上には釈迦三尊が安置されているらしい楼門から見上げる形になる三重塔不動明王が階下に安置されてるが賽銭箱の字体が厨二っぽい気も…いや、嫌いじゃないけど。鐘楼はかなり目を惹く珍しい形に興味が湧く直ぐ隣には茶屋がありいい感じに日陰を作り外待ち時間も苦にならないだろう(混んでたのでパスした境内右手前には妙見大菩薩左手離れに薬師如来、此方は見忘れた水屋の花飾りも綺麗裏手に広がる農地の眺めは暑くなければ見に行きたかったな一応。初見で焦ったのだが…近場のバス停で検索すると1日1本とかの北柏駅・柏駅の東武バスバスだと10分歩くと1時間…覚悟するか諦めるか。自家用車で来る人だらけなのが判ると、思ってたけど。我孫子駅からあけぼの山公園入口行きの阪東バスなら1時間に3~4本出てる。
山門の四天王が色彩豊かで素晴らしい立像。御本尊も正面に拝め厳粛な気持ちで納経をさせていただきました。境内の梅の花も素敵です❢
2024/11/20 初訪問!とても素晴らしい✨️寺院✨️です。また晴れた時にも寄らせて頂きます☺️
布施弁天は好きな所なのでよく行っています。布施弁天の中にお茶屋さんがあります。最近人氣が出てきました。パァフェを美味しくいただきました。
| 名前 |
布施弁天 東海寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
04-7131-7317 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 6:00~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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始めてと思っていたら、昔に来ていたことを思い出しまた。空海が但馬の国で願をかけ彫刻した弁財天が、柏の地で顕れた伝説には驚きです。由緒大同2年(西暦807年)に弘法大師空海御作といわれる弁財天像をご本尊(秘仏)として開山された祈願寺。浅草寺弁天山(浅草寺弁天堂)、江島神社弁天堂とともに関東三弁天のひとつにかぞえられ、地名から布施弁天とも称されています。宝永元年(1704年)当寺を弁財天境内へ移転したいと願書が出されました。その結果、翌年、当寺は古谷から弁天社地へ移転することとなり、ここに東海寺と弁財天は一体の歴史を歩むこととなったのです。歴史大同2年(807年)7月7日、大雷雨とともに赤い龍が現れ手にもった土塊を捧げて島を造り、その時から島の東の山麗から夜な夜な不思議な光が射しました。ある時、天女が村人の夢に現れて、「我は、但馬の国朝来郡筒江の郷(現 兵庫県朝来郡和田山町)から参った、我を探し祭りなさい」と告げました。夢から覚めた村人が光をたどっていくとそこに三寸(約9センチメートル)ほどの尊い御像があったので、藁葺きの小祠を建てておまつりしました。弘法大師空海が関東地域に巡錫のおり、この話を聞き布施に参り「この像は、私が但馬の国で願をかけ、彫刻し奉った弁財天である」と感嘆せられました。そこで大師は寺を造り、山を紅龍山とよび、この村を天女の利益にあやかり「布施」と名付け、京に帰り親交の深い嵯峨天皇に事の次第を申し上げました。・嵯峨天皇の勅願所に指定弘仁14年(823年)に入り、その話にいたく感動された嵯峨天皇は田畑を寄付され、堂塔伽藍を建立され勅願所(天皇が天災地変や疫病流行などを祈願せしめられた寺社)に指定しました。本堂の向拝の回柱に菊の紋章があるのは、そのためです。本堂享保2年(1717年)に現在の本堂が完成しました。千葉県重文です。