松尾芭蕉が越えた峠の魅力。
山刀伐峠の特徴
松尾芭蕉が越えた難所、奥の細道が体感できる峠です。
旧道沿いの奥の細道石碑が、歴史を感じさせる風情です。
狭い道が続く峠道で、挑戦する楽しさを味わえます。
「NATAGIRI PASS」の碑は普通に読めないからローマ字表記にしたんですかね。
2025年7月に自転車で訪れました。標高は約495mで、トンネルが尾花沢側で約390mなので100m程高いです。赤倉温泉側はトンネルのすぐ脇から分岐となり、1車線の細道です。つづら折りの道になります。交通量はほぼありません。尾花沢側はトンネルのかなり手前の駐車場脇からの分岐となります。比較的まっすぐの道が続きます。どちら側も開けた場所はほとんどないので、景色はあまり期待できません。因みにトンネルは尾花沢側の方が約20m高いので片勾配です。
このエリアはドコモの携帯電波が届きません。昔の峠道があるようですが、自分は怖くて行けません。熊も出てきそうです。
奥の細道に出てくる峠を通ってみたくて車で行ってみたが、北側は九十九折の狭い道の連続で大変だった。対向車が来た場合、すれ違える余裕は全くないし、崖が迫っている。バイクなら良いかもしれないが、車はとにかく大変。芭蕉の時代から300年以上経った今でも難所であることは変わらないと感じた。(峠の下にはトンネルが通っているが)山頂にはやや広い駐車場とトイレがあり、そこから南側は狭いながらも直線が多く比較的走りやすかった。峠道の入り口には南北とも立派な駐車場があり、特に南側はちょとした公園のような感じに整備されている。
旅行のついでに寄り道現道を縫うように旧道(徒歩のみ)があります。熊が出る季節でもなかったので少し歩いてみましたが戻りを考えると、さすがに頂上まで行くのは断念。
奥の細道石碑が旧道沿いにあり石段の階段になっている東北林道キャンプツーリング2023
トンネルをくぐらず林道を進むと面白い。最上町側は 道も 細く 急カーブで 高低差も多いが、尾花沢市側は比較的広くて すれ違いも難しくない。 峠には駐車スペースとトイレもある。芭蕉道を歩いて峠を超える場合は熊よけグッズ 持参がベスト。
山刀伐峠元禄2年(1689)5月17日、陽暦にすると7月3日。松尾芭蕉と河合曾良は最上町の封人の家に逗留した後、「おくのほそ道」でも“最大の難所”と言われている山刀伐峠を越えて、尾花沢市へ向かいました。この道は平成31年に330年を迎え、松尾芭蕉の旅を偲ぶ貴重な史跡となっています。なぜ、“山刀伐峠”(なたぎりとうげ)という峠名なのか…峠の形状が、かつて山仕事や狩りの際に被った「なたぎり」という冠り物の形に似ていることに由来すると言われています。旧道はGWの時期でも最上町側は残雪があり、通り抜けることが出来ないことがあります。
山刀伐峠元禄2年(1689)5月17日、陽暦にすると7月3日。松尾芭蕉と河合曾良は最上町の封人の家に逗留した後、「おくのほそ道」でも“最大の難所”と言われている山刀伐峠を越えて、尾花沢市へ向かいました。この道は平成31年に330年を迎え、松尾芭蕉の旅を偲ぶ貴重な史跡となっています。なぜ、“山刀伐峠”(なたぎりとうげ)という峠名なのか…峠の形状が、かつて山仕事や狩りの際に被った「なたぎり」という冠り物の形に似ていることに由来すると言われています。旧道はGWの時期でも最上町側は残雪があり、通り抜けることが出来ないことがあります。
| 名前 |
山刀伐峠 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0233-43-2262 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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元禄2年(1689年)、松尾芭蕉と曾良は最上町の「封人の家」を出立し、この峠を越えて尾花沢へ向かいました。当時、この峠は山賊が出る難所として恐れられており、芭蕉は封人の家の主人の勧めで屈強な若者を案内人に雇い、緊張しながら峠を越えたと伝えられています。現在はブナ林に囲まれた歴史の道として整備され、安心して歩ける道になっています。峠には雨露をしのげる「芭蕉庵」もあり、旅の途中でひと休みするのにちょうどよい場所です。