深い伝統と温もり、志波姫神社。
志波姫神社の特徴
志波姫神社では疫病除け護符を授かることができる神社です。
宮司の息子を若く亡くした老夫婦が運営し、歴史を感じる場所です。
訪問者に配慮した書き置きの御朱印が準備されていて温かい印象です。
深い伝統と温かみのある佇まいで迎えて下さる神社です。
名神大社と格の高い神社で、古川インターからも近かったので、訪れてみました。境内は、ちょっと寂しい感じでしたが、書置きのもので御朱印が用意されていて、有り難かったです。
御朱印⛩️を、頂こうと思い伺いました。不在でしたので、確認してから出掛けられた方が良いかも知れません。m(_ _)m
志波彦神社の対と聞いて訪問。やっぱり二人が離れてると寂しいよね。御朱印は素晴らしい。
今日は疫病除け護符をいただくことができました。元気に過ごせます。ありがとうございます。護符は500円でいただくことができました。
静かに、確かに見守っていました。
本社は称徳天皇の天平神護元年(765年、奈良時代)の創祀と伝わる。もとの鎮座地は、今の地より北方八丁「下り松」(桜芽村)にあったが、元禄6年(1693年)伊達公族、石母田氏の祖、頼章在所を定むるにあたり、荒雄川北岸の現在地に遷座された。清和天皇の貞観元年(859年、平安時代)即位の恩典により、従五位勲四等から従四位下に進められ、延喜の制名神大社に班す。(延喜式)元別当、桜目寺あり維新の際、伊達藩が封を削られ、この地は一時、宇都宮藩の取締地となり、旧記、宝物など全て没収され、明治に及んだのである。明治5年(1872年)4月、郷社に列せられ、明治40年(1907年)3月、共進社に指定された。明治41年(1908年)2月、村社鹿島神社を合祀する。主祭神:天鈿女命例祭日:9月10日。
不在でしたので書置きの御朱印を頂きました。少し行きにくい場所にあるかもしれません。
宮司の息子を若く亡くし、その後、老夫婦である亡くなった息子の両親が一生懸命、3人の孫を育てながら神社の仕事をしてます。温かく優しい温厚で善良な皆に愛される老夫婦のいる神社です。神社に土俵もあります。
| 名前 |
志波姫神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0229-28-3365 |
| HP |
https://miyagi-jinjacho.or.jp/jinja-search/detail.php?code=310010124 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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志波姫神社(しはひめじんじゃ)。宮城県大崎市古川桜ノ目高谷地。式内社(名神大)論社、旧郷社。【祭神】天鈿女命 (配祀)武甕槌命資料によると、社伝によれば、奈良時代の天平神護元年(765年)の創祀。御祭神は天鈿女命。例祭は9月10日。式内社「志波姫神社」は、平安時代の貞観元年(859年)正月に従四位下に叙された。他の論社に、栗原市志波姫八樟新田と栗原市高清水五輪の同名神社がある。もともとは、現在地の北800mの桜ノ目の集落の中「下り松」の地に鎮座していたが、江戸時代前期の元禄6年(1693年)、領主石母田氏により現在地に遷座した。旧地は現在民家となっており、特段何かあるわけではない。明治5年(1872年)4月、郷社に列し、明治40年(1907年)3月、神饌幣帛料供進社に指定された。明治41年(1908年)、鹿島社(武甕槌命)を合祀。現在の神輿殿が旧鹿島神社の拝殿だという。境内社に鹿島社・天神社、あるいは天神社・皇太神社がある。前者の鹿島社は、明治期に合祀した神社を指している可能性がある。とあります。