中世の山城跡で歴史散策。
妻鹿城跡の特徴
黒田官兵衛親子が一時住んでいた歴史ある居城です。
姫路市兼田の妻鹿城跡は見晴らしが良く景色が綺麗でした。
黒田官兵衛にゆかりのある史跡として多くの人が訪れています。
中世の山城跡です。別名国府山城、市川の側に在ります。
中世の山城跡です。別名国府山城、市川の側に在ります。
黒田職隆·孝高親子が姫路城を羽柴秀吉に譲った後に一時住んでた城。
【歴史】 赤松則村(円心)の家臣・妻鹿孫三郎長宗は元弘の乱(1331~33年)で戦功を立て、妻鹿地方を与えられ国府山城を築城したといわれている。その後、黒田官兵衛孝高の父職隆は、永禄十年(1567年)頃に家督を孝高(官兵衛)に譲り、姫路城から国府山城に移り居城とした。また、天正八年(1580年)三木城主別所長治を滅ぼした羽柴秀吉は三木城を居城としたが、官兵衛は三木城が戦略的に不備であることを進言し、自らの居城である姫路城を秀吉に譲り、国府山城に移った。天正十三年(1585年)職隆が没した後は、廃城となったと云われる。
景色が綺麗でした。
黒田官兵衛親子が一時住んでた居城。
| 名前 |
妻鹿城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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地元の方によって、保存整備されており、散策しやすかったです。