聖徳太子の牓示石を訪ねて。
鵤荘牓示石(矢田部)の特徴
聖徳太子ゆかりの伝説的な牓示石がある場所です。
県指定文化財としての貴重な文化的価値が魅力です。
地域の歴史を知るための説明板が設置されています。
聖徳太子ゆかりの石が太子町にあります。太子町は聖徳太子の荘園があった場所です。
#鵤荘牓示石(矢田部)(いかるがのしょうぼうじいし)※県指定文化財4ヶ所は説明板によると(福田)(平方)(太田)(矢田部)となっていますが、ここ(矢田部)は太子町のホームページでは(#東南 #東南の投げ石 )となっており統一感がありません。住所としては太子町東南ですすぐ南側に矢田部と堺があるのでこのあたりの旧字名は矢田部なのかな?または、もとは矢田部にあったものが移動されて東南になったのかもしれません以下、太子町教育委員会が設置した説明板より抜粋。#県指定文化財 鵤荘牓示石当地は聖徳太子が推古天皇に賜ったという法隆寺領播磨国鵤荘である。鵤荘では、その境界を明示するために牓示石を置いていたが、法隆寺にある嘉暦4年(1329)の「鵤荘絵図」には、12ヶ所に牓示石が描かれている。現在、牓示石と考えられる石は県指定文化財4ヶ所、参考地5ヶ所が知られ、これらは荘園の牓示というだけでなく、条里制との関連の上でも重要視されている。これらの石は「聖徳太子の投げ石」(太子が自分の領地の境界を決めるために、檀特山の上から投げた石)と言い伝えられ、大切に守られてきたものである。
聖徳太子が鵤荘に下向して、この荘園の境界を示すために置いた「牓示石」ともいわれる。
| 名前 |
鵤荘牓示石(矢田部) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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兵庫県揖保郡太子町にある聖徳太子の荘園の境界を示すために置いたとされる石です。推古天皇から賜った聖徳太子の荘園「鵤荘(いかるがのしょう)」には、奈良の法隆寺を経済的に支えるための広大な水田があり、荘園の範囲を示すために置かれた境界石が現存しています。伝承として、聖徳太子が山の上から石を投げ、落ちた場所を領地の境にした。とされていて「聖徳太子の投げ石」とも呼ばれています。かなり大きな石なので、本当なら人間離れした怪力の持ち主です。付近は新幹線の高架が近くを貫いていて、昔ながらの狭い道幅のまま住宅が立ち並び、水田は点在している程度で、当時の面影はあまり感じられませんが、1400年前の遺構がしっかり残っているのは地元の方が代々伝えながら大切に守ってきた証左ですね。アクセスは前述の通り車ですと山陽自動車道の龍野インターチェンジから5.7km、10数分で到着できますが駐車場とかはなさそうです。公共交通機関ですとJR山陽本線の網干駅から2.2km、徒歩30分ほどです。訪問時期:2025年12月。