九戸城の歴史を感じる本格石垣。
九戸城 本丸石垣の特徴
1591年に蒲生氏郷が普請した石垣が圧巻です。
東北地方で最古級の本格的石垣が見られます。
九戸城跡の遺跡として訪れる価値があります。
櫓など建物が残っていない九戸城跡に残る実際に見られる遺跡で、1591年に蒲生氏郷によって普請されたとされる石垣です。地元の方は九戸政実が築いた石垣として信じられてきたが、発掘調査の結果により九戸城の落城後に築かれた福岡城の石垣であると判明しました。自然石を積み上げた野面積みと呼ばれる手法で構築されています。
| 名前 |
九戸城 本丸石垣 |
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| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2018年9月7日2018年9月6日-10日、仙台で開催される定禅寺ストリートジャズフェスティバル期間に合わせ青森県(浪岡城、弘前城、根城)、岩手県(九戸城)、宮城県(白石城)にある100名城、続100名城巡りをするため車中泊を含め4泊5日高速バス、レンタカー、在来線移動の旅青森駅前でレンタカーを借りて波岡城、弘前城に登城後移動◆ 本丸石垣とは九戸城本丸の周囲に築かれた戦国末期の石垣で、東北地方で最古級の本格的石垣として高い評価を受けています。◆ 1. 築造の背景・天正19年(1591)の「九戸政実の乱」後、豊臣政権の再仕置軍を率いた蒲生氏郷が縄張りを改修・その際に、豊臣系城郭の技術を導入し、本丸周囲に石垣が築かれたと考えられる・つまり、九戸氏時代ではなく、豊臣政権による改修の産物◆ 2. 石垣の特徴九戸城の本丸石垣は、戦国末期の技術を示す貴重な遺構です。・野面積み(のづらづみ)→ 加工をほとんど施さない自然石を積み上げる古式の技法・蒲生氏郷の城郭技術の影響→ 会津若松城などと同系統の技術が北奥に持ち込まれた例・高さは約3〜4m前後(現存部分)・本丸南側の虎口付近に集中して残る・石材は周辺河川から採取されたと考えられる◆ 3. 発掘調査で判明したこと・石垣の基礎構造が確認され、豊臣系の築城技術が確実に導入されていたことが判明・石垣周辺からは、刀傷のある人骨・焼土・矢玉などが出土し、九戸政実の乱の激戦を裏付ける・石垣の積み方は、会津若松城(鶴ヶ城)初期石垣と類似していると指摘される◆ 4. 現在の本丸石垣・本丸南側の虎口周辺に最も良好な石垣が残る・野面積みの荒々しい表情がそのまま見られる・本丸の高台からは二ノ丸方面を見渡せ、城の防御構造を立体的に理解できる・案内板が整備され、見学しやすい。