松浦武四郎の歌碑で歴史を感じる。
松浦武四郎の歌碑の特徴
歌碑は松浦武四郎の功績を伝える貴重な文化財となっています。
京極温泉近くに位置し、訪問の際に立ち寄りやすい場所にあります。
安政5年に詠まれた歌が刻まれた、歴史を感じる歌碑です。
①安政5年(1858年)にこの地を踏査した時に詠んだ歌の碑。②京極温泉敷地内に石碑がある。③碑文より→安政5年2月松浦武四郎が氷雪の中を虻田から札幌へ踏査する途中、後志羊蹄山を仰いでこの碑の一首を詠じた。雄大、豪放、その格調の高さに於いて、稀に見る名歌である。松浦武四郎弘は伊勢國一志郡須川村の人。文政元年2月6日生、16歳の時、国内周遊を志、あまねく足跡を印したが、當時、蝦夷地の重大さを知り、前後6回に亘って縦横に踏査し、その結果を詳細に日誌及び地図として天下に紹介し、その開拓方策を要路へ献じ、明治となるや、最高の蝦夷地通として新政府に用いられ、国郡の選定にあたった。北海道の名及び国郡名は実に武四郎の原案によったもので、北海道民としては忘れることのできない先駆者である。武四郎は又、国士、学者、画家、文人、宗教家として當代一流の人物であった。深く羊蹄を愛し、前後3回に亘って後志川の全貌を明らかにしたばかりか、この山を中心に道を四方に開き、神を祀って蝦夷地空きたく精神の中心をこゝに於こうと努力した。終生僻地開拓のことを忘れず、その熱意は明治21年3月10日71歳をもって東京の自邸に没するまでつゞいた。後従五位を贈られ、北海道開拓神社に合祀されたのも所以なしとしない。
| 名前 |
松浦武四郎の歌碑 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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松浦武四郎の歌碑2024/09/06訪問京極町の京極温泉 京極ふれあい交流センター の敷地内にあります、「松浦武四郎の歌碑」です。温泉利用だけだと気付かないと思います。安政5年(1858年)、松浦武四郎がこの地を踏査した時に詠んだ歌碑のようです。正面には、天津風胡沙吹き拂へしりべしの千代ふる雪に照る日影見むと松浦武四郎が詠んだ詩が彫られています。裏面には、松浦武四郎の足跡の紹介や建立の経緯などが彫られているようです。