明治三十九年の歴史、2025年に新たな魅力。
戦捷記念碑の特徴
明治三十九年に建立された歴史ある記念碑です。
小樽市花園に位置する日本の文化遺産です。
2025年に訪れた際、感動的な体験がありました。
スポンサードリンク
明治三十九年建立。
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
戦捷記念碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
2025·R7.7.26初訪問です。"小樽ミルクプラント"でソフトクリーム食べて、小樽公園内にあるという"石川啄木の歌碑"を見に行ったときに存在を確認しました。碑文には「戦捷記念碑」、その左側に小さく「元帥 海軍大将子爵 伊東祐亨(すけゆき)+(花印の痕跡)」とあります。碑陰には「福井縣吉田郡森田村(今の福井市)出身 小樽區南濱町五丁目 山本久吉,山本ヒサ,山本鎌三 明治三十九年六月建立」、その左側に「(旧 薩摩藩士 日清戦役 連合艦隊司令長官 (現)吉田郡森田町庭園と共に寄贈)」とあります。碑文左側に「日本海軍の父」と呼ばれる"伊東祐亨(1843.6.17·天保14.5.20生~1914·T3.1.16,満70歳没)"の名があるので、揮毫したのはこの方と思われますが、いつどのような経緯でこの碑に彫られたのかはわかりません(この方が1898·M31.8月に石狩に来ていたことは"石狩尚古社"の展示資料から確認できます)。碑陰にある"山本久吉"さんは当時手広く海産物商を営んでようで、webで拾った情報では、1908·M41年の「小樽區 高額納税者」に名前があり、1914·T3年の「小樽」という冊子にも"海陸産物業"として掲載がありますので、少なからず"商都·小樽"の形成を担った方なのだろうと推測できます。それにしても、これほどのデカイ石をよく見付けて、運んで来たものだと、そっちの方の驚きの方が大きいのです(こんなこと書くと叱られそうですが、何となく岩肌の違和感が拭えない···けど、崩壊予防で上塗セメント製?)。