札沼線の夢を乗せたC11
動輪の特徴
札沼線が開通した歴史を感じる場所です。
浦臼町の地域を支えた人々の努力が残る史跡です。
C11蒸気機関車の展示が懐かしさを呼び起こします。
石狩川中流域は入植当初から氾濫が激しく、両岸を結ぶ物流は渡船頼りが続いていた。こうしたなかで、東岸地域では1891年に砂川まで鉄路が延伸、物流差が大きく広がった西岸地域で鉄路敷設が悲願となったのも頷ける。13年間に及ぶ敷設請願を経て工事が決定し、札沼線は1935年に開通した。開通当時に運行していたC11型蒸気機関車の動輪を郷土資料館の前に展示することは当時の懐古に留まらない、悲願達成の歓喜のモニュメントと云える。
①モニュメントのすぐ前にある説明板は文字が消えかかって殆ど読めない。②説明板より→浦白への入植は、明治24年に小樽・砂川間に敷設された鉄道の開業によるところが大きい。その後、開拓が進むにつれて入植者のみならず農産物の出荷量も増えてきましたが、船運や渡船を利用して人々の移動、そして各種農産物などの搬送は、 大変に不便でした。石狩川右岸の鉄路敷設の請願は、大正元年に始まり、右岸8か町村の有志の弛まぬ努力と住民の懸命な後押しによって、大正14年に8か年継続事業として敷設工事が決定しました。工事は、昭和2年に沼田口から、また昭和4年には桑園からも着工し、昭和10年10月に桑園から石狩沼田間の総延長111.4キロメートルが札沼線として全通しました。左岸の鉄路に遅れること45年、浦臼町民はもとより右岸沿線の住民にとっては待望の開通であり、この事により農産物や生活必需品などの物流も一層盛んになっていきました。鉄道の歴史が示すとおり、札沼線も昭和32年に蒸気機関車から気動車(ディーゼル機関車) に変わり、さらには産炭地の閉山や沿線の過疎化に伴い、昭和47年に国鉄合理化に編入され石狩沼田から新十津川間の34.9キロメートルが廃止路線となるなど様々に変遷を遂げてきました。この動輪は、開通当初に活躍していた蒸気機関車C11型(SL)のもので浦臼開発史の重要資料として、郷土史料館開館直前の昭和53年11月に当時の国有鉄道から寄贈されたものです。
| 名前 |
動輪 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒061-0600 北海道樺戸郡浦臼町浦臼第五183 157 |
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