勝浦の岬で神々しい姫様に出会う。
八幡お万の布ざらし像の特徴
勝浦城落城時の逸話にちなんだお万の布ざらし像がある場所です。
断崖の真下に位置する展望台からの景色は圧巻です。
暗闇の中で神々しい銅像が周囲を照らし出します。
養珠院於萬の方。
徳川家康の側室であった水戸光圀の祖母「お万」が14歳の時、勝浦城が落城し、その際幼い弟と母を連れて八幡岬の東側約40mの断崖に白い布を垂らして海に下り小船で館山方面へ逃れたという故事にちなみ、ここを「お万の布さらし」と呼び後世に伝えています。勝浦旅館組合HPより。
勝浦正木氏の本拠地であり真下は崖となっている。伝承ではお万の方が14歳の時、本多忠勝の攻撃によって落城。その際に布を繋ぎ合わせて40m下の海まで降りて小舟で安房国まで逃れたという。
堂々たる姫様です。
暗闇の中でも神々しい(^o^)展望台の所にある銅像です。何で展望に?って思うけどそこは謎です。夜に行けば星空いっぱい眺められます。虫もそこまで多くなくてゆっくり出来る場所です。但し、懐中電灯は必須です。
| 名前 |
八幡お万の布ざらし像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒299-5233 千葉県勝浦市浜勝浦221 八幡岬公園展望広場の下 |
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勝浦の市街地の南東ある八幡岬は、かつて勝浦城があった場所です。勝浦城の築城時期などの詳細は不明です。正木頼忠(1551~1622)によって城内に八幡神である誉田別命を祀った八幡神社を造営したことが、八幡岬の由来になったとされています。勝浦城は天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐により北条氏が滅亡すると、里見氏も上総国を失うことになりました。勝浦城は天正18年(1590)以降に廃城となりました。正木頼忠の娘であるお万(養珠院)が、勝浦城落城前に断崖を下って海に脱出した「お万の布さらし」の伝承の舞台です。現在は公園として整備されています。約4,700平方mの広さを誇る園内には、遊歩道が整備されています。勝浦城は家康の家臣に攻められて、13才のお万は城を追われることになってしまいました。岬の先端に枝をのばした松の根方に、用意をしておいた白布をまるで滝のようにさらし、それを伝わって海の上におりていきました。お万は待っていた家来の小舟で伊豆の方面へ逃げのびました。徳川家康は江戸へ入国の途中、三島で美しいお万とめぐりあったのでした。お万は家康のもとへひきとられました。お万と家康の間に生まれた第一子の長福丸は、のちの紀州頼宣です。頼宣の婦人は加藤清正の娘で、頼宣は、とくに名君として慕われました。第二子の徳千代丸は、のちの水戸頼房です。水戸光圀は、お万の孫にあたります。