名古屋城で加藤清正像に出会う!
清正公石曳きの像の特徴
名古屋城の天守台石垣を築いた加藤清正の石像です
東南隅櫓近くに位置する歴史的な像が魅力的です。
数々の名城を造った加藤清正公を感じられるスポットです。
2026年3月の週末に訪問。正門側から歩いてくると見落としやすい位置と建ち方になっているので、行き過ぎてしまわないよう要注意です。
この場所を説明してくれるガイドさんが面白かった。「清正公が、それ行け~右じゃ~左じゃ~!って音頭をとったんでしょうな!」って そのまんまの銅像です。
名古屋城の築城には多くの外様大名が動員された。本丸石垣は熊本藩加藤清正に割り当てられたという。その石垣の石を運ぶ清正の像である。
立派な石像です🗿
名古屋城の天守台石垣を築いた加藤清正の像。
築城名人の加藤清正!2024年4月上旬、花見の際に発見しました。史跡というより、名古屋城築城時に築城の名人である加藤清正が天守の石垣工事を担当したことを伝えるオブジェです。説明板には—————————————————————清正の石曳天守の石垣普請は加醸清正に割り当てられた。巨石を運ぶにあたり、清正自ら石の上に乗り音頭をとったと伝えられている。本像は、その様子を模したもの。—————————————————————加藤清正が手がけた多くの石垣は「清正流石垣」と呼ばれ、徳川家康も認めたといわれるその技術はのちに江戸城でも活かされたそうです。
東南隅櫓の近くに「清正公石曳きの像」があります。説明板の説明によれば、天守の石垣普請は、加藤清正に割り当てられ、巨石を運ぶにあたり、清正自ら石の上に乗り音頭をとったと伝えられています。本像は、その様子を模したものです。
天守の石垣普請は、加藤清正に割り当てられた。巨石を運ぶにあたり、清正自ら石の上に乗り音頭をとったと伝えられている。本像は、その様子を模したもの。
名古屋城を築城した加藤清正の像。実際に石を持ってきたのは、清正ではなく黒田氏だとガイドさんがおっしゃってました。
| 名前 |
清正公石曳きの像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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昭和55年(1980年)に設置された加藤清正の像。天守の石垣工事を任された加藤清正が巨石の上に乗り、運搬の音頭を取ったと伝わる姿を表しています。