猪垣六田原展望台の小道探検。
大宜味村の猪垣の特徴
ジャングルの中にある小道が神秘的で魅力的です。
大宜味の猪垣六田原展望台からのアクセスが便利です。
1605年からの歴史が息づく文化的な遺産です。
ジャングルの中に小道があります。
大宜味の猪垣六田原展望台から裏側の集落へ降りる手前にあります。展望台の裏山には古い猪垣(ヤマシシガキ)が残っていて、その猪垣に沿って散策道が整備されているそうです!森の入口には、案内板と手前にイノシシが設置されてます。六田原展望台入口から塩屋富士を通り大宜味村ハキンジョウまでのルートで散策道を少し入ってみましたが、今回は断念😭次回、時間があるときに歩いてみたいです😀
| 名前 |
大宜味村の猪垣 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ー 猪垣の概要 ー猪垣は、1605年に野国総官が沖縄に芋苗をもってきて、作物として定着した頃に構築されたと思われる。私達大宜味村の先祖は、柚山(現在村有地) と農耕地(畑)との境界に全長約 32kmの猪垣を築き、畑地へのヤマシシの侵入を防ぎ、畑を守ってきた。殊に改修・保全は各むらの担当区域を定め絶えず巡回し、村民をあげて構築・補修を行ってきた。1776年から 1782年にかけて、塩屋・屋古前田・田湊・渡野喜屋・根路銘等の住民が各むらの役人の指揮のもとに、猪垣の大々的な補修工事が行われ、2631歩(約 1.5km)、高さ七尺 (約 2.1m)より四尺(約 1.2m) の猪垣を完成したとあり農閑期や月夜に石を集めて積んだとも記録されている(『球陽』 尚穆王〔ショウボクオウ〕 より)。その後も代々の私たちの先祖は、生きるために猪垣を維持してきた。戦後も村民を最大動員して大宜味村全域を囲い込む猪垣の補修を行い、現在も村有地と個人有地との境界にその猪垣が残っている。ー 猪垣の歴史 ー私たちの先祖は何世代にもわたって、個人としても、むら全体としても猪垣の保全に万全を期してきた。大宜味間切としては内法を定め、むら役人は猪垣を巡回し、猪垣が壊れた箇所があればそこの猪垣管理者に修繕を命じ、次に巡回したときになお修繕がなされていない者には科料米二升の拠出を命じたものであった。畑へのヤマシシの侵入は、主食であるイモやすべての作物を失うことにもなり、農民の生存にかかわることだけに、猪垣をもってヤマシシの侵入を防ぐことは農民の生きるための戦いでもあった。猪垣には私達村民の先祖の歴史が刻まれている。大宜味村全域を囲い込む猪垣は「十里の長城」とも呼ばれ、構築から改修・保全と大宜味村に住んでいた人々の長い歴史の証しであり、私達村民の先祖の歴史を語ってくれる貴重な文化遺産である。-案内板より-