但馬国一宮で苔むした静寂を。
粟鹿神社の特徴
但馬国最古の神社で、古い歴史を持つ荘厳な雰囲気です。
本殿の後ろには古墳のような丘があり、歴史的価値があります。
大きな杉に囲まれた静かな杜で、参拝時の落ち着きが魅力です。
静かで落ち着いた雰囲気の神社です。参拝後に御朱印をいただきたかったのですが、宮司さんは授与所にはいらっしゃいませんでした。ただ、掲示されていた宮司宅の場所案内のおかげで、すぐに見つけることができました。この日はとても寒かったのですが、宮司さんが温かく迎え入れてくださり、丁寧でとても美しい御朱印を書いてくださいました。心より感謝いたします。
主祭神はヒコイマス(日子坐)ヒコイマスは第9代開化天皇の第三皇子であり四道将軍の一人。山陰・北陸道の丹波道主に任せられ丹波一円を征定したとの事。鳥居の前に立った時点から雰囲気が半端無いと感じていたが山門を潜って間違い無い事を確認できた。圧倒的な迫力の杉の木に加え、意匠は施されていないものの何かを訴えてくるパワーを感じる御神殿。本当に呼んでいただけたと思いました。神殿背面の円墳が御陵との事ですがもしかすると茶スリ山古墳が本当の埋設場所なのかもですね。ありがとうございました。粟鹿山麓粟鹿郷は、王薨去終焉の地で、粟鹿神社裏二重湟堀、現存する本殿後方の円墳は王埋処の史跡である。旧県社。
この粟鹿(あわが)神社は、兵庫県朝来市山東町粟鹿に位置します。ここは、北近畿豊岡自動車道山東インターチエンジ近くの田園地帯にある。但馬国の一の宮又は二の宮と云われる歴史ある神社である。式内社で旧県社で、但馬国五社の1つに数えられる!と云うことで、城巡りの途中で立ち寄つた次第である!?神社付近は建物等がなく、静かで閑散として、ゆっくりと見て歩こうとしていたら、本日は地元の小学校の遠足みたいで、あまりにもうるさく、早めに退散した次第である!?この神社の見どころは市指定の社叢林、その一角にある樹齢800年以上と云われる大杉、市指定の文化財の600年程前の勅使門、市指定文化財の木造狛犬、市指定文化財の木造随身倚像等がある!
神秘的な雰囲気のある神社でした!すごいパワーもらえた気がします(^^)
但馬国一宮と言う事でお参りさせて頂きました鳥居を入らずに右側に50mほど歩くと御神木があります境内は誰もお参りしてなくて、静かで気持ちがいいです一宮だけあって本殿は立派です周りに色々な神様がいらっしゃいます御朱印もいただけますトンボも色んな種類が飛んでいたり、カナヘビがいたり、蝶々もいて神様がいらっしゃるなぁと思いました。
全国一の宮詣で。『あわか』神社さまとお読みします。早朝六時、凛とした空気の中でお詣りさせて頂けました。摂社・末社も多く、境内の木々が太く高いお宮さま。勅使門もあります。それもそのはず、ご本殿うしろには御祭神である日子坐王(ヒコイマスノミコト)さまの御陵があるそうです。お詣りさせて頂け、ありがっ様です。尚、ご朱印ですが、境内お向かいの大きな家が神職さまのお宅のようで、朝8時で恐縮でしたが、非常に丁寧にお書き頂きました。宝印の細工も綺麗で、思わず綺麗に押して頂けありがとうございましたとお礼の言葉が自然とでました。
全国一の宮詣で。『あわか』神社さまとお読みします。早朝六時、凛とした空気の中でお詣りさせて頂けました。摂社・末社も多く、境内の木々が太く高いお宮さま。勅使門もあります。それもそのはず、ご本殿うしろには御祭神である日子坐王(ヒコイマスノミコト)さまの御陵があるそうです。お詣りさせて頂け、ありがっ様です。尚、ご朱印ですが、境内お向かいの大きな家が神職さまのお宅のようで、朝8時で恐縮でしたが、非常に丁寧にお書き頂きました。宝印の細工も綺麗で、思わず綺麗に押して頂けありがとうございましたとお礼の言葉が自然とでました。
一の宮の中では地味かもしれませんが、その静けさと苔むした空間に心打たれます。御朱印はみなさんおっしゃるように、お向かいのお宅でいただけます。(300円でした)
無料駐車場は鳥居の北側と南側にもあります。トイレあります。苔がとても美しい神社でした。御神木や重要文化財、天然記念物、木造の狛犬など見所のある神社です。
| 名前 |
粟鹿神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
079-676-2465 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
2026年1月下旬。粟鹿(あわが)神社の駐車場は無料。お手洗いはありますが、おそらく男女兼用。御朱印は、社務所に人が居ない場合、道路を挟んだ目の前のご自宅に伺う要領です。社務所にポップが貼ってあるので、確認してお訪ねください。優しいレディが記帳してくださいました。主祭神『天美佐利命(あめのみさりのみこと)』は記紀には出てこない地場の神であったようですので謎。兄弟に、事代主神、建御名方神などがいらっしゃいます。荒ぶる性格の一面を有していた事が「粟鹿大明神元記」という文献に記されているらしい。国譲りの神話の時代に巻き込まれた方なのでしょう。歴史の全てを上書きしない(もしくはできない)日本の国民性は、いつもいいなぁと思います。社殿の造営は(12代)景行天皇(紀元前13〜紀元130年)の御代。少なくとも1,900年前には存在していた神社とのことでした。【御祭神】天美佐利命(あめのみさりのみこと)父 大国主命日子坐王命(第3王子)(ひこいますのおおきみのみこと)父 開化天皇(9代)日子穂穂出見尊(ひこほほでみのみこと)父 瓊瓊杵尊孫 神武天皇他、配祀神8柱。その1柱目が『阿波奈岐尊』なので、水害に悩まされていた地域だったのではないでしょうか。