八尾神社で味わう歴史の息吹。
八尾神社の特徴
毎年夏祭りで子供達が賑わう静かな境内です。
秋祭りの主催神社で、物部氏由来の古い歴史があります。
社殿が綺麗に整えられ、祭神は宇麻志摩治命です。
本殿は春日造、幣殿は切妻造妻入、拝殿は入母屋造平入。幣殿と拝殿は瓦葺。
街ぶらをしてる際に偶然発見した神社。裏参道入り口の看板が昭和感があり最高に惹かれた。
町中にある神社です。シンプルな感じの神社で、特筆する物は八尾城址の石碑が有るぐらいです。
主祭神は宇麻志麻治命(うましまぢのみこと)。境内社に鶯神社、菅原神社の2社。八尾城址の石碑がある。
近鉄八尾駅前にある神社です。こちらは地元の方の神社だと思いますので、観光目的で行く場所ではないということであえて点数は低くさせていただきました。
毎年この時期は夏祭りがあり、普段は静かな境内も、子供達で賑わいます。地域と神社⛩️普段は意識する事が少ないですが、繋いでいきたいですね。
もと栗栖神社と称し、西郷、木戸両村の氏神様でした、明治41(1908)年八尾神社と改めた、八尾は古くから矢生、矢尾とも書かれ物部氏の一族矢作りに従事した、矢作連からきた名といわれ、また尾先八枚の鶯の名所であつた事からの名と伝えられる、
式内社、旧村社、旧若江郡西郷、木戸両村(現八尾市本町5丁目の北側、本町6、7丁目、東本町辺り)の氏神で有る、祭神は宇麻志摩治命、創建は不詳、本殿の様式は春日造り、別名は牛頭天王社、物部一族「栗栖氏」の氏神様は浄化のパワーを秘めている、物部氏由来の神社、物部一族の一つで有る栗栖連がその祖神を祀つた神社。
延喜式神名帳の河内國若江郡の項に記載のある栗栖神社の論社。御祭神は宇麻志麻治命。境内の八尾市教育委員会の案内によると、この地を本貫地とする物部氏の一族である栗栖連がその祖神を祀ったものだろうという。江戸時代は牛頭天王社だったが、明治に入り栗栖神社に社名を変更し、明治41年に八尾神社に変更している。鳥居の脇には栗栖神社の社号標も残されていた。八尾神社に社名を変更したのは、当時、萱振町にあった加津良神社を合祀したことによるのだろう。なお、戦後になって加津良神社は旧地に復興している。教育委員会の案内によると、八尾は古くは矢尾とか矢生、箭尾とも書かれていて、物部氏の一族である矢作部がいたといわれている。また、尾先が八枚に分かれている鶯の名所だったことから八尾になったとも。境内には室町時代から戦国時代にあった八尾城址の石碑があるが、実は正確な場所はわかっていないので、ここに石碑があるのは一説による、ということでしょう。
| 名前 |
八尾神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
072-993-4435 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 9:00~16:00 |
| HP |
https://osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai6shibu/yao-city/06070yaojinja.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
八尾神社(やおじんじゃ)。大阪府八尾市本町。式内社(小)栗栖神社(クルスノ)、旧村社。【祭神】可美麻治命 品陀和気命【関係氏族】栗栖連(くるすのむらじ):『新撰姓氏録』河内国神別に神饒速日命の子、于摩志摩治命の後裔。資料によると、栗栖神社は古代において栗栖氏の氏神であつたと思われる。中世には近隣に八尾城があり、当地も城の一画とされたようで、南北朝時代や室町時代には兵火に罹り神宝や伝承も失われていると思われます。江戸時代、この神社は八尾西郷村の氏神で、牛頭天王社と称した。宮寺として天徳寺があった。当社は八尾という地の盛衰を見てきた神社だと言えます。物部氏の興亡、南北朝の争い、戦国時代の戦乱、大和川の付け替え、それに伴う綿花の栽培による繁栄など、八尾には紆余曲折の歴史がありました。明治5年4月、木戸村の八幡社を合祀して、西郷・木戸両村の氏神となつた。村社に指定された。明治41年4月15日、社名を八尾神社と改称した。とあります。