メリケン波止場の歴史を感じて。
神戸税関 萬國波止場碑(メリケン波止場碑)の特徴
ポツンと立つ歴史的な碑が印象的です。
近くに高級車ベントレーが停まっています。
神戸市中央区で歴史を体感できる場所です。
かつてアメリカ領事館が近くにあったので、メリケン波止場になった。戦時中にメリケンから万国に改称されたが、戦後復活。現在、メリケン波止場はメリケンパークになっている。上部のライトはずっとついてなかったが、最近、灯っているのを最近確認した。
通称メリケン波止場跡の碑。
■メリケン波止場之碑神戸港のメリケンパークの北の端辺り、2号線の近くの石塔。高さ2m程の門柱の様な石碑。上部に丸ライトがある。明治元年(1868)にできたアメリカ領事館前の桟橋跡を保存した遺蹟。歩道の中程に建つ。○東側面に御影石版2枚が貼られてある。「メリケン波止場」縦書き、もう一枚にはメリケン桟橋の由来説明文に加えて、保存寄贈者の名が刻まれいる。洲崎喜夫 と 小野米吉 の御二人だ。御二方共に港町神戸が活躍の拠点だったようだ。貿易会社社長と港湾荷役従事者、詳細は不明。御二方に付いては神戸海軍操練所跡碑、陸奥宗光顕彰碑、綱引天満宮の撫で牛像、メリケン地蔵尊、兵庫県里程元標など移転・保存・建立寄贈に多数名が残っている。○北側面には「神戸税関 萬國波止場」縦書きブロンズ標札が貼られている。●上部のライトは点灯しない。歩道足元から暖色のライトアップ点灯がある。海に臨む開放的なメリケンパークは、かつてのメリケン波止場と中突堤の間を埋め立てて作られた公園。入園口が多方あって昼間に此の碑に立ち止まる人は少ない。小野米吉氏は日本錨少年団なる団体主宰とする文があり、向井繁人氏と名を連ねた標札が兵庫県里程元標の脇に見えた、どんな方だったのだろうか。多数の寄贈ながら紳士録・人名辞典に名は出て来ない。寄贈を承った役所側にも知る人に遭った事はない。「仁義なき戦い」のモデル、広島抗争は山口組と本多会の直接抗争が危ぶまれたが、両組織トップの兄弟分であった神戸港湾の実力者、向井繁人氏らの仲介で手打ちとなり、事態は収束に向かう。米吉は向井の懐刀だったのかも知れない。日本錨少年団を知る方はいないだろか。神戸海軍操練所跡碑が🔱いかり型となったヒントが掴めるかも知れない。此の石塔(石碑)の上部四角に設えた錨型デザインは米吉が好んだ、いかり型を寄贈時に取り入れたものかも知れない。補修を兼ねて由来プレートや照明器具が追加されたのではとみるが経緯沿革は判らない。
ポツンと立っているだけですが、歴史を感じました。
横にはベントレーが。
| 名前 |
神戸税関 萬國波止場碑(メリケン波止場碑) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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通称、メリケン波止場碑です。