古道街道を巡る冒険旅へ。
順(巡)礼街道案内板の特徴
古代の街道を歩くと、縄文時代の痕跡が見つかるのが魅力です。
観世音菩薩を巡る歴史ある道標が点在し、興味をそそります。
平安時代の信仰を体感し、厳かな寺院を訪れることができます。
◽順 (巡) 礼街道Pilgrim's route(羽曳野市案内文)観世音菩薩への信仰に基づいて、観音像を安置する各地の寺院を拝して巡ることは、平安時代の末に始まり、主に僧や 修験者、貴族などによって行われていました。江戸時代になると観音の功徳にあずかることを願う庶民の間でも、観音霊場を参拝してまわる巡礼が各地で盛んになりました。西国33ヵ所観音巡りも、有名な霊場巡りの一つで、那智山青岸渡寺 (和歌山県) を第1の札所として近畿各地をまわり、谷汲山華厳寺 (岐阜県) を33番札所としています。このうち第4番槇尾山施福寺 (和泉市) より第5番紫雲山葛井寺 (藤井寺市) へ行く近道が、羽曳野市の尺度から軽里付近を通っており、順 (巡) 礼街道と呼ばれ順礼の人々に利用されていました。今は路傍に立つ石の道しるべが、むかしの旅人がたどった道筋を伝えています。羽曳野市(所在地︰羽曳野市軽里2丁目)
| 名前 |
順(巡)礼街道案内板 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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