謎の城跡、渋い発見!
佐保城跡の特徴
謎に包まれた佐保城跡の魅力が魅力的である。
渋い雰囲気が漂う歴史的なスポットが存在する。
魅惑的な資料が少ないための独特の神秘感が楽しめる。
この墓に祖父母と親父とお袋も納骨してます。子供の頃は行く度にカブトムシとかクワガタをさがしにいってました。年末には必ず墓参りをしてます。庄田庄右衛門の末裔です。私ま此処が佐保城跡とその入口辺りに住んでる従姉に聞いてます。
府道から細い道を入って少し行くと、城山入口(34.871108, 135.528327)があります。立入禁止の看板が出ていますが、横をすり抜けて入りました。遺構と思われる石垣を眺めながら林道を進みます。本郭跡(グーグルマップのマーカー地点)に行くには、田んぼを囲っている害獣対策フェンスの電気柵を2つ抜ける必要があります。(フックで電線がとまっているので、外して、入って、かけ直す)城山付近からは笹藪の中を直登りします。城山は一面笹藪ですが、山上は平坦で本郭があったことが忍ばれます。一応グーグルマップのマーカー地点に赤いリボンを結んでおきました。
入るのを拒否されました。
資料関連も乏しく謎の城跡。通常は立入禁止だが、偶然城跡の山の所有者様とお話しさせてもらえた。許可を得て登城。正直資料関連がないので、かつ、私が素人なのですべて推測になるが、入口付近が早速虎口になっており、そこに石垣が残っていた。しばらく登ると少し大きな石垣に出くわす。まさに大手門、といわんばかりの石垣。右手には竹藪が。おそらく二郭と思われるが広さはわかるが藪がひどく立ち入りできず。目視でまた石垣も発見。竹藪を越えると堀切を通り主郭部近くに。ただ、主郭部はどうも竹藪から登って行くらしく今回は断念。所々に大きな石が転がっておりイマジネーションを掻き立てられる。いつの時代の石垣なのか、今後の研究が待たれる。今後研究が進むと「大化けする」城跡かも。引き続き注視していきたい。登城には許可を得てくださいね。
渋いっす。まさに、城跡です!
| 名前 |
佐保城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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『わがまち茨木(城郭編)P70【執筆者】免山 篤』から抜粋します。築城は地域守備を目的としたものであろうが、狼煙らしいものの存在から、ある時期には他地域との連合体制にあったことも考えられる。佐保川対岸にも小城郭様の地形が見られ、一連の城として佐保川沿いの旧道を守っていたものとも考えられる。築城の時期、築城者に関しては全く伝えるところは無いが、築かれた場所が地名からみて、庄の政所の所在地と見られ、中世庄官の流れをくむとみられる佐保氏の居住地でもあることから、一応、佐保氏が関係した城砦と憶測するものである。時期は今のところ不明である。佐保氏に関しては史料を欠くが、豊後竹田の中川家文書中、山﨑合戦部分の記事中に(佐保喜兵衛)の名が見られるのと、市内千提寺のキリシタン墓碑銘に佐保カララ、上野マリアの名が残るのみである。ちなみに「上野」は、「カミノ」で、佐保の別称である。余事ながら、これは千提寺のキリシタン史料を解く鍵の一つと考えている。とあります。新名神高速道路の開通により、近隣は盛んに開発が進んでおり、遠からずこちらの城跡も消滅するのではないかと思われます。調査が進むことを望みます。