明治天皇に思いを馳せるみゆき橋跡。
みゆき橋跡の特徴
明治天皇が行幸した歴史的な場所である、みゆき橋跡です。
かつて架かっていたみゆき橋の跡地を感じられるスポットです。
造幣局との関連が深く、歴史を学ぶには最適な場所です。
「みゆき橋跡」は大阪市北区にある歴史スポットで、かつて造幣局の敷地内に架かっていた橋の跡地です。昔はこの橋を通って職人や作業員が行き来していたため、造幣局の歴史と深く結びついています。現在は橋そのものは残っていませんが、周辺には当時の面影を感じさせる石垣や敷地の区画があり、散策しながら歴史の息吹を感じられます。
【跡橋きゆみ】この言葉以外は何も残っていない場所調べてみたら、かつてはその名の通りみゆき橋と言う橋が掛かっており、ここより造幣局から硬貨が搬出されていたとか名前の由来は「はじめに明治天皇が御渡りになったから」らしいです。となると漢字にしたら「御行橋」となるのかな?今は痕跡のみしか残っておらず、説明をする様な碑も見当たらず、自ら痕跡を探さないと意味すら分からないのが勿体無いと感じてしまう。
明治天皇が造幣局を行幸したころ、ここにみゆき橋という橋が架かっていた。幸いにも二枚の古写真が残っている。左右に大川と造幣寮、桜並木を行く四人の警備兵、または四人の一般の人か?橋の手すりに寄り添う二人の紳士。橋の床は板張りのように見える。ここは造幣局の通り抜けの道。今はここに架かっていたみゆき橋を想像するしかない。
昔、ここに橋が架かっていてその名称はみゆき橋で、その橋の下には川が流れていたという歴史がここにひっそりと残されています。近代化の中で多くの川が埋め立てられては道や高速道路に代わったのでしょう。
| 名前 |
みゆき橋跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
2.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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天皇専用の橋としての誕生。造幣局は、当時の日本にとって最大・最新鋭の近代的工場であり、国家の命運をかけた一大プロジェクトでした。そのため、明治天皇は同年以降、何度も造幣局へ足を運ばれ、直々に視察されました。明治5年(1872年)、明治天皇が造幣局へ行幸される際、大川から船で直接局内に入ることができるよう、専用の乗船場から局内へと架けられた臨時の専用橋が御幸橋の始まり。この橋は明治天皇の行幸を記念して親しみを込めて「みゆき橋」と名付けられました。現在は、当時の木造の橋はありませんが、「みゆき橋」と刻まれた風格のある石柱が立っており、明治初期の石造建築の力強さを感じさせます。当時はまだ鉄道や道路が十分に整備されておらず、大阪の交通や物資の輸送は「大川(旧淀川)」を使った水運が主役であったのですね。明治天皇を乗せた御座船がこの場所に接岸し、天皇が橋を渡って造幣局へと入っていかれた時代背景を感じます。