歴史を感じる東大寺中門。
東大寺中門の特徴
東大寺中門の毘沙門天像は必見です、足元までしっかり観察してください。
中門は大仏殿につながる景観の重要な部分です、歴史を感じる場所です。
日本人なら誰もが知る国宝がある、文化財としての価値が高いです。
東大寺中門(南中門)は、江戸時代に再興された大仏殿直前の重厚な楼門です。四天王の持国天・多聞天像が安置され、網越しでも迫力ある姿を見られます。ここからは大仏殿の姿が真正面に捉えられ、記念撮影スポットとしても人気で、大仏様の遥拝スポットになります🥰でかい。
大仏殿を訪れたら、まずは、コチラの仁王像の歴史を堪能します。必見の価値があります。大仏殿の中に、首だけの像が、展示されています。見比べてみると良いかも。😊
南大門と大仏殿の間にある門です。国の重要文化財に指定されています。左右に回廊が伸びて大仏殿まで続いています。この門の正面に大仏殿がありますが、門をくぐって入場することはできません。門から左手に延びる回廊に沿って行くと、大仏殿への入り口があり、そちらでチケットを購入できます。
東大寺の中門(ちゅうもん)は、南中門とも呼ばれ、大仏殿のすぐ手前に位置する重要な楼門です。国の重要文化財に指定されています。特徴と役割構造: 入母屋造の楼門で、朱色の鮮やかな外観が特徴です。配置: 中門からは左右に回廊(東回廊と西回廊)が伸びており、これらが大仏殿を取り囲むような配置になっています。拝観経路: 通常、中央の扉は閉ざされており通行できません。参拝者は左側(西側)の入口から入り、回廊を通って大仏殿へ向かいます。二天像: 門の両脇には、仏法を守護する四天王のうちの二天像(持国天像と兜跋毘沙門天像)が安置されています。現在の像は江戸時代の京仏師・山本順慶によるものです。
東大寺中門(ちゅうもん)は、大仏殿の正面に位置する壮麗な門で、鎌倉時代の1203年に重源の指導のもと再建されました。高さ約25メートル、五間三戸二重門という大規模な構造で、宋の建築様式を取り入れた「大仏様」で建てられています。特に注目されるのが、門の両側に立つ運慶・快慶らの作による金剛力士像(仁王像)で、その迫力と写実性は日本彫刻史上の傑作とされています。中門は東大寺の玄関口として参拝者を迎える象徴的存在であり、国宝にも指定されています。
東大寺中門。(202508)【】※ここから大仏殿には入れません。
毘沙門天像・持国天像の足元も注目です、
東大寺方向に南大門を通った後に見える門です。この門は通ることができず、南大門側から来て左側にある入場ゲートから迂回する必要があります。そこで東大寺への入場料を支払います。
中門から中に入るのには入場料1200円/大人1人がかかります。
| 名前 |
東大寺中門 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
|
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東大寺中門●東大寺中門は1900年(明治33年)4月7日に国の重要文化財に指定されました。●東大寺中門は江戸時代中期の1716年(享保元年)頃に再建されました。東大寺中門は大仏殿(国宝)前に建立された楼門で、両脇から回廊が伸びています。東大寺中門には両側に仏を守護する四天王(持国天(じこくてん)・増長天(ぞうじょうてん)・広目天(こうもくてん)・多聞天(たもんてん))の内、左に持国天・右に多聞天(兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん))が安置されています。一般的に楼門は寺社の入口にある二階建て(重層)の門です。楼門は下層に屋根のないものを言い、下層に屋根があるものを二重門と言います。持国天は天部(てんぶ)の仏神です。持国天は須弥山 (しゅみせん)の東面中腹に住し、東方を護る守護神です。持国天は特に仏法を守ります。持国天像は甲冑(かっちゅう)と天衣(てんね)を身に着け、右手に宝珠(ほうしゅ)・左手に刀を持ち、足下に邪鬼を踏み、仏敵を威嚇する姿が通例です。多聞天は天部の仏神です。多聞天は毘沙門天(びしゃもんてん)とも言われています。多聞天は須弥山の北面中腹に住し、北方を護る守護神です。多聞天は多数の薬叉衆(夜叉衆)を従えています。多聞天像は甲冑(かっちゅう)と天衣(てんね)を身に着け、片手に宝珠(ほうしゅ)または宝塔(ほうとう)を持ち、もう一方の片手に鉾(ほこ)を持ち、両足に悪鬼を踏む姿が通例です。大仏殿は8世紀頃に建立されたが、平安時代末期の1180年(治承4年)の南都焼討・戦国時代の1567年(永禄10年)の松永・三好の合戦によって焼失しました。その後公慶上人(こうけいしょうにん)が再建し、江戸時代中期の1709年(宝永6年)に落慶しました。大仏殿には一般に奈良の大仏と言われる本尊・毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)が安置されています。●東大寺中門は五間三戸の楼門で、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんがわらぶき)です。入母屋造は切妻造と寄棟造を組み合わせた屋根の形式です。寄棟造の屋根の上に切妻造の屋根を載せた形で、切妻造の四方に庇(ひさし)がついています。京都御所の紫宸殿(ししんでん)のように切妻と寄棟の角度が一続きでないものは錣屋根(しころやね)とも言われています。日本では古くから切妻造は寄棟造よりも格式が上とも言われ、それらの組み合わせた入母屋造は最も格式が高いとも言われています。入母屋造は法隆寺(ほうりゅうじ)の金堂・唐招提寺(とうしょうだいじ)の講堂に採用されています。本瓦葺は陶器製で、断面が湾曲した矩形の平瓦と断面が半円状の丸瓦とを交互に組み合わせて屋根を葺く方法です。瓦葺は飛鳥時代に中国・朝鮮半島から寺院建築の技術とともに伝来しました。瓦葺は檜皮葺(ひわだぶき)・茅葺(かやぶき)・板葺(いたぶき)などに比べ耐水性・耐火性に優れ、台風の多い日本に適していました。なお本瓦葺は本葺き(ほんぶき)とも言われています。奈良ガイドHPより。