格式高い火葬塚、平安の歴史を感じる。
白河天皇火葬塚の特徴
平安時代中期から後期の第72代天皇の火葬塚です。
金閣小学校の校舎北側に位置している歴史的な場所です。
火葬後に遺骨は別の場所に納められる格式の高い葬法です。
金閣小学校の校舎北側にある火葬塚で陵形は方丘です。周囲には堀が巡らされており、宮内庁書陵部の陵墓地形図集成によると面積は670.45㎡と記されています。すぐ近くに後朱雀天皇火葬塚が存在します。
火葬塚は 火葬場所を記念して設けられたもので 墓所ではない→火葬の後, そのための施設を取り除いて土を盛り, 遺骨自体は別の場所に納める というのが, (公式には) 天皇・上皇・女院等のみに許された格式の高い葬法だったという。-
住宅地と小学校に挟まれたところにあります。
名前 |
白河天皇火葬塚 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
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平安時代中期から後期、第72代天皇。1862年(文久2年)から行った「文久の修陵」で整備された、方丘の火葬塚です。