真田幸村と徳川家康の激闘地。
大坂冬の陣徳川家康本陣跡・大坂夏の陣真田幸村本陣跡の特徴
大坂夏の陣で真田幸村が陣を構えた特別な場所です。
大阪冬の陣で徳川家康が布陣した歴史的な激戦地です。
公園として整備され、美しい環境で静かな歴史を感じられます。
名前の様に大阪冬の陣では徳川家康、夏の陣では真田幸村が陣を敷いて戦った場です。山頂にはベンチと絵や石碑が建っています。ところが、出て来るのは真田幸村の事ばかりである(笑)「英雄になった真田幸村」から始り、「名言集」に終わります。内容は恩義の話、寝返りをお金じゃないと断る話、最後の決戦前に義兄に宛てた手紙の話、戦に負け退くシンガリ役の話等など…男なら誰しもこうありたいと思う話ばかりです。もっと詳しく知りたい?ならば、麓にある「大阪の陣、史跡散歩案内所」に行くが良い。大阪夏の陣の風景画や映像で教えてくれるからね✌️
☆標高26mの小山「茶臼山」ここに徳川家康と真田信繁(幸村)が1年を置かずして布陣したとは、何か感慨深い⚔️1615年「夏の陣」では堀を埋められて裸城になった大坂城より可なり突出して真田隊が布陣したのが良く分かりました、ここから南の阿倍野方面に着陣した徳川家康本陣に数度の突撃を繰り返したとは『日本一の兵(ひのもといちのつわもの)』真田幸村🐎
小高い丘の上なので苦労無く訪問出来ます(^^)大坂の陣跡だから見晴らしがいいかと思ったら樹木が多くて特に何も見えません。それでも歴史の一幕が演じられた場所と思うと感慨深いものがあります。石碑も(大したものではありませんが)見る角度で徳川、真田が見分けられる工夫が面白いです♪
大阪冬の陣では徳川家康がこの地に本陣を置いて攻めた。その後、夏の陣では大阪城の堀が埋められたので裸城となった不利のため、真田幸村が大阪城から離れたこの地に陣を置いた。アクセスも良く歴史的な場所に参れるのは素晴らしい。結構歩くので天気の良い日が良いでしょう。
大阪夏の陣、冬の陣で徳川家康と真田幸村が本陣を構えた場所だ。JR天王寺から徒歩10分もかからない場所に在る山というより小高い丘の印象を受ける。街中だが静かな場所。
大坂冬の陣・夏の陣で、豊臣家と徳川家による合戦の舞台となった標高26メートルの大阪五低山の一つとされているお山です。春には桜が見頃の時期にはその色を桜色に染めて、それはもう丘から見える景観は素晴らしいのです。大坂夏ノ陣の時に真田幸村が陣を構え、徳川方と奮戦した場所でもあります。その模様を絵にした看板を発見、ふむふむ非常に分かりやすい内容です。また大坂冬の陣の時に徳川家康の本陣でありました。真田丸を彷彿とさせます茶臼山の山頂(26メートル)にある真田幸村本陣跡の石碑です。なんとこの山、「登頂」された記念に「登頂証明書」(1部100円)を茶臼山北側の一心寺存牟堂で発行してくれます。
特に何もありませんが、ここで真田幸村が戦ったと言う事実があり、当時の事を想像できる人であれば凄く特別な場所だと思います。山頂付近に【真田幸村の逸話や名言】が書かれた石碑みたいなものがあり、真田幸村の事がより詳しくわかり、敵(徳川側)にも認められ、改めて凄い人なんだと再認識しました。あべのハルカス🏢もいつもと違う角度から綺麗に見えました。
真田幸村、歴史好きは一度は行ってみるべき。小高い山?ですが周りにコンビニ、カフェもあります。公園には人形を持ったおばちゃんがいます。石碑と案内板しかありませんが散歩にどうぞ!
大阪の陣(1614年〜1615年)において当初徳川家康、ついで真田幸村が陣を構えた人工の小山。頂上部に案内板およびベンチあり。豊臣家が滅亡した大阪の陣において、夏の陣(1614年)では徳川家康が、冬の陣(1615年)では真田幸村が陣を構えた場所。小高い丘となっており、当時は周囲を見渡せ陣場にふさわしい場所だったのだと推測できる。辺りは静かな雰囲気。歴史好きなら楽しめる場所だが、興味がなければただの小山。茶臼山古墳とも呼ばれるが、人工の築山であるのは確実だが古墳かどうかはハッキリしないらしい。
| 名前 |
大坂冬の陣徳川家康本陣跡・大坂夏の陣真田幸村本陣跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 7:00~22:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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小高い丘の上にあるんですが此処に来るまでの池と赤い橋、橋の上から見える通天閣、とてもいい景色で気持ち良かったです。週末なのに人も少なかったしオススメですよ♥