歴史と神秘の川俣神社へ。
川俣神社の特徴
平安時代と江戸時代の神社の位置が記載されている。
奈良時代から続く古い歴史を持つ神社です。
住宅街の中にひっそりとある静かな神社です。
最高の神社です。
社格は式内社旧村社、御祭神は大己貴命、少彦名命、保食神、旧呼称は天神宮等拝殿は銅板葺の平入切妻造りで神明造りの様に反リの無い屋根と成っている、仁徳天皇の歌に出てくる「川俣江」近世は天神宮、椿の御神木明治5年(1872年)村社に列した、昭和38年(1967年)頃に放火により、だんじりが焼失したと言うが現在は再建されているらしい、当社本殿の横に椿の大木が有り御神木「大阪府史蹟名勝天然記念物」によれば、この葉を蒸して飲めば熱病に特効有りと記載されていると言う。
説明欄に平安時代と江戸時代の神社の位置がのっている。相当な昔の神社であるのは間違いない。古代大阪の地形地図を見ると大阪湾の名残り、草香江に楠根川が注ぎ込んだところ、そこが川俣として載っている。東大阪の神社には水関係、川関係の神社が多数ある。ここもそのひとつ。元をただせばこの辺り、河内湾→河内湖→旧大和川やその支流の流れ込み、と水とは縁もゆかりもある土地だ。境内はひと気はないが落ち着いた感じの神社である。
社務所が無く住宅街の中にひっそりとある神社ですが、歴史は古く奈良時代からあると言われております。氏子総代の方によると、この辺りは出雲から奈良へ繋がる街道沿いで、主祭神は大黒様(大国主命)と古文書に記載があるそうです。周辺は一方通行が多く駐車場はありませんが、境内にはだんじり小屋があり、お祭りの祭には賑やかになります。
| 名前 |
川俣神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai6shibu/higashiosaka-city/t83.html |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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川俣神社(かわまたじんじゃ)。大阪府東大阪市川俣。式内社(小)三座、旧村社。【祭神】大己貴命 少彦名命 保食神【関係氏族】川俣公や川俣連延喜式での祭神は一座であり、当地を勢力基盤としていた古代氏族・川俣公の祖神である彦坐王が本来の祭神と思われる。資料によると、楠根川(第二寝屋川)の東岸に鎮座する。これはかつての大和川の本流である。古くは旧大和川の玉串川と長瀬川の両川が合わさつて入江となつていたところである。この入江を川俣江といつた。おそらくこの川俣地区は旧大和川が河内の湖沼地帯に入る最先端にあたつていた。交通の要地であったために、川俣には早くから人々がより集つて住み、神社も営まれたものと思われる。神社の創建がいつであるかはわからない。古代の川俣には川俣公や川俣連といつた豪族がいた。入江を管理・支配していたのであろう。弘仁式の時から小社に列せられていたと思われるが、中世・近世の事情はよくわからない。江戸期は天神宮と呼ばれていた。とあります。