珍しい岩窟めぐり、感動の体験!
磐船神社(交野市)の特徴
磐船神社は、12mの巨大岩天磐船が御神体です。
岩窟巡りは社務所で申し込み可能、達成感を感じられます。
古代最大の豪族の祖先神、饒速日命を祀る特異な神社です。
大阪府交野市にある「磐船神社(いわふねじんじゃ)」は、高さ、幅がそれぞれ12mもある巨大な岩、「天磐船(あめのいわふね)」が御神体という珍しい神社で、岩の下の岩窟の中に入る「岩窟めぐり」は、社務所に申し込めば一般参拝者でも有料で体験できるようです。最寄駅は京阪電鉄交野線の私市駅ですが、駅からは少し離れているため、ハイキングコースを歩いて向かうか、磐船神社行きのバスを利用するかになります。車の場合は国道168号線から脇道に入ると、神社の少し南に駐車スペースがあるので、そちらに車を停めて歩けば2、3分で着きます。
天の川の溪谷沿いを車で走るとトンネルと公園らしきものが見えるので一寸寄った。(駐車料金無料)ナント「天の磐船」と呼ばれる大きな岩が(高さ、長さ12m)御神体と言われる磐船神社がある。神社の起源は不明、饒速日尊(にぎはやみのみこと)がこの巨大な石に乗って降臨したとの書物からここ辺りは聖域と言われ、成る程、立派な岩が一杯ある。境内の奥に岩窟が有って、古くから神道家や修験道の行場として知られている。今は一般客も体験が出来るようだが、社務所での申込が必要とある(看板)つまりは、体力のある健康な人が条件だ✋そりゃそうだな、岩窟巡りが行場巡りだからなめたらアカンわ時として大きな事故が起こっているのは知っておくべし !
久しぶりに交野の磐船神社におまいりさせていただきました。今回はバイクで来たので途中の磐船の滝もおまいりして。磐船の滝に饒速日命の石碑があるのはつながりがあるんでしょうね。168沿いの磐船神社御旅所はバイクでもスルーしてしまいました。神社は山の中で川や滝が近くにあるのでいつきても落ち着ける場所です。オフドウサンを大きな石に彫ってるんですね、前はあまり気にしてなかったです。寒いので通り抜けは今日はパスしておまいりだけにします。道の向かいにある岩の上に何か立ててますが神社と関係あるのでしょうか?
日曜日、3時までの拝観の為、2時頃に到着。洞窟での修行を申し込む為に受付に。混んでいました。人気のスポットになってきたかもです。安全性を考え、服装や工程の注意事項を神主さんから受けます。荷物はすべて預けて身軽になります。スカートやヒールでは厳しいく、ズボン👖やスニーカー👟が必要です。30分くらいの工程ですが、ゆっくりと神秘的な感じをゆっくり体感したい方は45分くらいはあった方が楽しいです。戻りの時間を記入して出発するので、遅いと助けに来てくれるそうです。洞窟への修行料は500円です。御朱印も500円で、受付に預けて帰りに受け取ります。足腰がしっかりしてないとしんどい所もあったので若い人が多いのかなぁ。外から洞窟に差し込む光に目を奪われます。ほんと、美しいです。駐車場は神社⛩のちょっと先に無料で20台程止めれます。次回は天候と体調の良い時に再訪したいです。
笠木や柳生と同じく巨石群信仰もあるのかなぁと思います。鳥居付近から境内、道路沿いにも巨石があり不動明王が彫られており自然に出来上がった大きな岩の神秘さも力強さから一般信仰があったのではと思います。神殿背後の巨石は圧巻です。どう見ても御神体で圧倒な力強さが伝わって来ます。夜明け直後に参拝したので岩をくぐり抜け出来なかったです。静謐に包まれた厳かで冷たくも澄んだ空気が伝わって気持ちの良い参拝でした。
岩窟巡り 恐怖感あり,で も楽しく、達成感もありました。受付でチェックリストにサインが必要です、1人500円 単独や子供、高齢者は利用できません。
古代最大の豪族だった物部氏の祖先神である饒速日命を祀ってます。ここの神社の御神体の磐船に乗って、饒速日は、天から降りてきたそうです。神武天皇が大和に征東するまで、饒速日は大和や大阪の河内地方で勢力を持っており、神武の軍に抵抗し、神武の兄のイツセノミコトを戦死させるなどの功績を上げています。神武に帰順した後は、天皇に次ぐ地位を与えられたそうです。ここまでは神話の物語ですが、天皇並みか?それ以上の権力、兵力を持っていたことをうかがわせます。物部氏は天皇を凌ぐ勢力を持っていて、丁未の乱で滅ぼされますが、蘇我馬子、厩戸皇子が兵力を結集して、ようやく物部氏を打倒する事が出来ました。それくらい、物部氏の勢力は強く、もののべから、もののふ、つまり武士の語源になったともされてます。
天照國照彦天火明奇玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)こと饒速日命(ニギハヤヒノミコト)高天原より天の岩船に乗ってこの地に天孫降臨なされたとここに聳え立つ大きな磐座が天の岩船であると饒速日命の降臨により「やまと」という国号が始まったとされている。
江戸時代末期、幕府軍に追われた天誅組の一人伴林光平は十津川から脱出しここに落ち延びました。痛む足を引きずり、あと少し走れば河内の国。奈良奉行の管轄外なので逃げられたのですが、彼はこの近くの茶屋で半ば自ら捕縛されました。彼はここに物部氏の祖饒速日命が高天原から天下るときに乗ってきた天磐樟船の巨石があることを知っていました。物部氏はここを拠点にして大和を征服したと伝えられていることも。彼はこの神社を再起の地と考え、しかし内心は最期の地と覚悟していたようです。彼は捕縛後すぐに京都奉行所に送られ斬首されました。彼の尊皇攘夷は、少しだけ早過ぎたために賊軍とされ、歴史の舞台から葬られました。5年後には薩長が尊王を掲げて倒幕を果たして脚光を浴びます。100mほど行くと公園の無料の駐車場があります。そちらに車を入れてハイキングで磐座巡りが楽しそうです。
名前 |
磐船神社(交野市) |
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ジャンル |
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電話番号 |
072-891-2125 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.3 |
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(2021年10月撮影)大阪観光の中でも特に行きたかった場所。物部氏系の聖地は、奈良の石上神宮が有名ですが、ここ磐船神社も物部氏の神ニギハヤヒが降臨した場所としてはずせない、伝説の場所です。巨石信仰は、熊野の神倉神社のゴトビキ岩や、花の窟神社が有名ですが、ここもその系譜につながる場所ではないかと思います。巨石のある場所は、神が降臨した場所という意味を持つらしく、神倉神社もヤマト系の神が降臨した場所としての伝説を持つ場所です。