アオバズクと共に、歴史を感じる神社。
梶無神社の特徴
樹齢500年越えの楠がある、歴史ある神社です。
毎年10月には賑やかな梶無祭りが開催されます。
春~夏にはアオバズクが訪れる、自然豊かな場所です。
天孫降臨でお馴染みの瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)とその奥さん木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)をお祀りされています。以前お参りした時 朝からご近所の方々がきれいにお掃除されて清々しく手を合わせました。今回も隅々までお手入れされています。ありがたいことです。三脚で望遠レンズを上に向けてる方がいらっしゃいました。 「フクロウてす。いま寝てます。」フクロウ(アオバズク)が毎年この時期やって来るお宮として有名だと初めて知りました。いい写真撮れたでしょうか?素敵な時間過ごせました。 フクロウの福授かりますように!
住宅街にひっそりと佇む神社。フクロウのひな誕生で有名になって幸せの神社とのこと。ほっこりさせて頂きました。
毎年境内の楠にアオバズクが巣作りすることで有名な小規模神社。アオバズクばかりが取り上げられるが歴史ある古社で社の造りも美しい。かつて船山明神と呼ばれていた事から水難除けや海上安全に御利益があるようです。駐車場は不明。神社前に区切られたスペースはあるが特に神社の駐車場とは表示されていない。参拝者が居ない状況で結構停まっていたので契約駐車場のようです。一時的とはいえ空いているスペースに停めるのは控えるべき。前面道路はそれほど広くないので路駐は不可。バイクや自転車なら問題なく停めれます。
生駒山登山の帰りにアオバズクを見に寄りました。超望遠レンズのカメラを構えた人が10人ぐらいいました。携帯でもなんとか撮れる1日に親鳥と雛鳥が見れました。
神武天皇は東征の際、生駒颪により波が高く、船の梶が折れて海上を漂う危機に直面したが、祖神に祈り、その危機から逃れたことから梶無神社の由来があるらしいが、定かではない。ここは水難除け、交通・海上安のご利益がいただける由緒正しい神社です。また、この神社は、毎年境内にアオバズクが飛来して営巣することでシーズンには、バードウォッチする方が見受けられる。
2023/4月アオバスクが子育ての為、飛来するということでやって来ましたが、全く情報を調べずに行った為、見ることは出来ませんでした😅お寺の住職の奥さんに話しかけていただき、色々と伺うと、●4月下旬にオスが一匹やってくる。●5月上旬にメスを巣に招き入れる。●7月上旬メスが巣から出てくると、子供達も少し遅れて出てくるみたいです。神社自体は、小さく見所はそんなに有りませんが、【神武天皇】が東方遠征から無事に戻れたことを【ニギギノミコト】に感謝して建てられたみたいです。枯れ葉が多いのですが、綺麗に掃除されていて、神聖な気持ちになりました😌駐車場は鳥居の前にありますが、お寺の駐車場は限られているので、住職に声をかければ、停めれるみたいなのですが、勝手に停めないようにして下さい。僕が来たときは、違法に駐車🚙方を警察👮が調べにやって来てました。2023/7/12この日は【アオバズク】のオスとメス両方見ることが出来ました😌と、言っても自分一人だけでは絶対に見つける事が出来なく、望遠のカメラ📸で撮影に来ていた方に親切に教えて頂きました😌思っていたより小さく、鳩位のサイズでした。雛はそろそろ出てきそうなタイミングだったらしく、カメラマンの方はずっとタイミングを待っていました😌
地元の神社で、樹齢500年越えの楠や、毎年子作りに渡って来るアオバズクなどが、ニュースで取り上げられたり、今年は3年ぶりに秋祭りが行われて、ふとん太鼓も宮入しました。
瓢箪山駅から徒歩で参拝、15分くらいでした。住宅地にあるやさしい雰囲気の神社です。
神社には駐車場はありませんが、近くに有料ですが100mぐらい離れたところに駐車場があります。
| 名前 |
梶無神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
072-981-1615 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
https://osaka-jinjacho.jp/funai_jinja/dai6shibu/higashiosaka-city/t76.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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梶無神社(かじなしじんじゃ)。大阪府東大阪市六万寺町。式内社(小)、旧村社。主祭神:瓊瓊杵尊、木花開耶姫命資料によると、生駒山の南、鳴川峠から西へ下る途にある六萬寺山の西麓街中に鎮座している。社の西約200mを、東高野街道が南北に通じている。社伝によると、神武天皇孔舎衛坂の戦いに利なくこの地に回幸したが風強く波高くして梶折れ、舟は水上を漂流して小丘に着き、暫し舟をとめさせられてこの船山の地に祖神である瓊瓊杵尊を祀られたと伝えられている。現在の大阪湾は数千年(縄文時代前期)には生駒山麓まで入り込んだ内海であり、神武天皇ご上陸の地は現在の六万寺町三丁目三番付近ともいわれ、「梶無」の字名が存する。一方、当社の西方からは五世紀頃の祭祀遺跡が出土しており、当社との関係が注目されます。とあります。