長尾滝と静寂の寺院。
長尾の滝 天龍院(金峯山寺大阪別院)の特徴
渓流や自然に囲まれ、落ち着く場所に位置しています。
長尾の滝があり、文化財保護条例指定の美しい瀧です。
温厚な住職がいる寺で、参詣者にコーヒーとお菓子を提供されています。
天龍院へは近鉄奈良線額田駅を下車、額田谷を約40分谷沿いの道を登ると長尾山天龍院に到着する この寺は本堂ほかお堂等があり登山の休憩に最適ですここには長尾滝 雄滝と雌滝あり東大阪市の自然遺産に指定されています いづれの滝も約10mの落差があり 雄滝では行場もあります ここから生駒山縦走、季節にはアジサイ園、つつじ園等ハイキングに最適です。
額田からだと坂はキツイが歩きやすい道。生駒方面の山手から降りてくるとかなり危ない道を通る。
門前に駐車場あるが軽四でも一箇所ホイルが傷が入る難所あり枚岡公園駐車場に停めて歩くのがいい徒歩30分くらいだよ。
近鉄生駒駅から隣接するケーブルで生駒山上に、そこから下って役行者で有名な慈光寺にお参りし標識を頼りに長尾の滝の天龍院に降りてきた。道中は分かりやすく歩きやすい道もあまり人が通った感は無く倒木も、小さな沢を渡るところあり足元は滑り易く注意が必要。この道にはキノコがたくさん生えていたのが印象的。天龍院殿堂は四方が自然に囲まれた中に(点)とお寺がある感じで、境内から見上げると、さながらドローンで見たような世界感。雄大な自然に包まれたとっても素敵な特別な感じがする。堂横に東大阪市の文化財に指定された長尾の滝(雄滝)あり10分ほど滝飛沫を頂きパワーの注入と健康に感謝。階段を降りると下にパイプから誘導された水が降り注ぐ雌滝もみることができた。こちらの雌滝の方が滝壺は大きく行者さんが滝行されるのだろうか、でも少々水量は少ないが。どうも阪奈道路の工事で水脈が切れてしまい、後に強制的に水を引いたらしい、。道路が通って便利になる反面、裏では自然が断ち切られるこういった現象がここでも起きていた。PS 蔵王大権現様が祀られており、吉野の金峯山寺で見た同じ提灯で、、千三百年に二人だけの千日回峰成功行者さんの柳田様と塩沼様に心を寄せ思わず合掌。
渓流や自然に囲まれた、落ち着く場所です。鬱蒼とした参道も、不思議な雰囲気があります。境内には自然の滝があり、滝行をする方も見られます。
近鉄額田駅から歩き始めました。32°の猛暑の中、急斜面の住宅街を抜け途中から深い谷沿いの道となり涼しい風が吹いてきました。地蔵尊、不動明王、龍神さんなど色々の神仏に見守られながら約30分で長尾瀧に到着。ご住職や作業者の方が5名くらいおられ御朱印を待っている間、ペットボトルのお茶を馳走して頂きエネルギー補給して下山しました。途中、枚岡園地への分岐から枚岡神社にも参拝しました。
役行者霊蹟札所車を置いて、徒歩半時間なかなかの急坂山の中腹あたりにひっそりとたたずむお寺本堂には、立派な役行者さま、蔵王権現さま、八大龍王さまがお祀りされてます。お滝もすばらしくぜひ次回は滝行を受けたい。住職さんも親切な方でお茶でおもてなしいただいた。ありがとうございます。
近鉄奈良線額田駅から #生駒山 登山道へ。目指すは山系唯一の瀑布 #長尾の滝 #天龍院。途中に修験の道場寺院が並びますが廃寺もいくつか。長尾は龍神の尾の意か。天正年間の関白は山鳥の尾にたとえて詠みました #雌滝(ブログ:ものづくりとことだまの国、2021年6月9日)
此処の住職は温厚で親切なお方でした参詣してコーヒーとお菓子をご馳走になりました私には初めての経験でした有難う御座いました。
| 名前 |
長尾の滝 天龍院(金峯山寺大阪別院) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
072-981-5500 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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50年前、小学校六年生の冬、同級生と生駒山へ遊びに入った。真冬で雪が積もっており、ただ見てみたいという好奇心だけで山に分け入った。ところが道に迷い、子供五人で必死に山道を下ることになった。不安と寒さで足が震え、早く人里に出たい一心だった。そんな中、突然目の前に現れたのが長尾の滝だった。雪の積もる山中で、修行者が滝に打たれている姿を見た瞬間、恐怖で声も出ず、ただ走って逃げた記憶がある。山道のあちこちに並ぶ地蔵様を見ては、どうか無事に帰れますようにと子供心に強く願っていた。今思えば、あの時の緊張と安堵は、子供時代の忘れられない原風景だ。それから長い年月が過ぎ、あの場所が今どうなっているのか、ずっと心のどこかで気になっていた。そして同じ真冬の今日、今度はバイクで訪れてみた。かつて恐怖しかなかった場所が、静かで凛とした空気に包まれ、全く違う表情を見せてくれた。大人になり、経験を重ねたことで、感じ取るものが変わったのだと思う。改めて感じたのは、大阪という都市のすぐ近くに、これほど山深く、厳かな信仰の場があるという事実だ。私たちが生まれるずっと前からここにあり、多くの人の祈りを受け止めてきた場所。そして私たちがこの世を去った後も、変わらず信仰の対象として在り続けるのだろう。その時間の厚みと静かな力強さに、深い感銘を受けた。恐怖の記憶と、今の穏やかな感覚が重なり合い、忘れがたい訪問となった。