淀城跡の綺麗な石垣、歴史感じる。
淀城址の特徴
京阪電車の淀駅から徒歩数分、隠れた名所があります。
天守台の石垣と水堀が見事で、歴史を感じるスポットです。
桂川と宇治川の合流点に位置し、江戸時代に築かれた城跡です。
立派な石垣と堀はのこっていますが、公園として整備され周辺は宅地化が進んでいます。駐車場が無さそうだったため、車で訪問すると難儀すると思います。
この淀(よど)城跡は江戸300 藩の一つで、京都府伏見区淀本町に位置します。ここは、現在の京阪電鉄淀駅近くにあり、直ぐ近くには、京都競馬場がある。この淀城は、江戸幕府二代将軍徳川忠の強い要望で、掛川藩主松平定綱が元和9年(1623年)に築城した城である!この城は桂川、木津川,宇治川が交わる場所で、京都に入る舟の集積地であつた!?ここを埋め立てて城の領地としたのである!?城の器材には、す伏見城を解体して、この城に転用したと云う!?この城北方面500m程の所に豊臣秀吉嫁の淀君の産所であつた淀古城があつたと云う!淀城は、松平氏が10年程いたが、その後、永井氏が二代で、石川氏、戸田氏、松平氏と代わり、享保(1723年)稲葉正知が入封し、12 代続き廃藩置県となる!現在残存しているのは、本丸跡の一部と、内壕の一部がある!?因みに、稲葉氏は、かの有名な春日局の親類筋である!
歴史が好きな子供が、淀殿が鶴松を出産した淀城をどうしても見たいと言うので、こちらに訪れました。移転などもあったようなので、もしかしたら実際は違う場所で産んだかもしれませんが、天守閣の跡なども見れて子供はとても満足していました。豊臣家や淀殿に興味がなければ、歴史的建造物としては少し物足りないかもしれません。公園としての遊具も無かったので、子供の遊び場というよりは、少し立ち寄って歩くのに良さそうです。
淀古城とは別の場所に、徳川幕府によって新しく築かれたお城です。京阪電車の淀駅のすぐ目の前に立派な石垣や堀が残ります。
京阪電車の車内から見える石垣が気になっていましたが,ブラタモリの番組で,その正体がわかり,行ってみることとしました。現代では淀と言えば競馬場のイメージしかありませんが,3つの川の合流ポイントであり,京の守備固めには,極めて重要な場所だったのですね。ただし,今は,石垣の上からも川は見えず,地元の子どもが遊具で遊ぶ普通の公園と化しています。時代の流れを感じさせる遺構です。
京都競馬場の近くにあるお城。江戸時代に桂川、宇治川、木津川が合流する場所に作られました。現在は本丸周辺だけが残っていますが元々は巨大なお城でした。城内には淀藩の城主であった稲葉氏を祀る神社もあります。
淀城跡公園にある淀城跡。木津川、桂川、宇治川の三河川が合流して淀川となります。その要衝に江戸幕府が築いた城が淀城です。1623年、徳川秀忠の命で松平定綱によって築造が始まった淀城は、廃城となった伏見城の資材と二条城の天守が移築され、約3年をかけて三河川合流地点の中島に完成しました。その後、宝暦6年(1756年)、落雷で焼失してしまったらしいです。石垣の上は桜並木になっています。桜の季節は圧巻でしょうね( ・∀・)京阪「淀駅」から徒歩5分徳川の伏見城(木幡山伏見城)の代わりに造られた城の跡がある公園【淀城跡公園】
京阪を淀駅で降りて淀城に行ってきました。淀城は秀吉の側室茶々がいた城かと思っていたのですが、それはもう少し北にある淀古城のようで、この淀城は徳川の時代になってから建てられたものだそうです。淀藩10万石との事ですから、結構大きな藩ですね。譜代大名が歴代の藩主を務めていたとの事なので、重要な拠点だったのですね。現在は公園になっていて、天守台のところに石垣が残っています。徳川秀忠の頃に築城されたお城なので、石垣はもっときれいに切込接でも良さそうなのですが、野面積っぽいところもあり、ちょっと不思議な感じです。天守台には木々が生えていて、一部柵があり中に入れなくなっています。水堀も残っていて少しですが当時の面影がありました。
建物は残っていませんが、天守台の石垣は綺麗に残っています。元はこの辺り一帯が、水郷を張り巡らしたお城だったそうです。この公園の周りにお堀が残っており、一部とは言えかなりのお堀なので、当時の水郷はかなりの規模であったろうことが伺えます。さぞかし難攻不落だったでしょう。バーチャルで良いので見てみたいですね。
| 名前 |
淀城址 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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草が生い茂って、蛇もいたので注意です。淀駅前に駐輪場が無かった時は淀城に駐輪がなされていたので草は生い茂っていませんでした。