信長塀で時を超える参拝。
信長塀の特徴
熱田神宮の信長塀と同じ造りで驚きの体験ができる場所です。
初めての参拝で信長塀の存在を発見できました。
京都府八幡市に隠れた歴史的なスポットが楽しめます。
☆織田信長が寄進した信長塀。土と石灰と油を練り固め、瓦を幾重にも積み重ね上部に瓦を葺いた耐火性・耐久性・銃撃にも強い頑丈で優れた築地塀⚔️天正8年(1580年)に織田信長が寄進、1580年は信長が長年苦労した石山本願寺の本願寺顕如と和議し「石山合戦」終結した年‼️※有名な「信長塀」永禄3年(1560年)熱田神宮に今川義元との一戦前に戦勝祈願した織田信長、「桶狭間の戦い」に激勝して「熱田神宮」に御礼で奉納した信長塀が有名、今でも参道の脇に現存😄
2025年1月24日、参拝。本殿を囲む信長塀に圧巻!展望台から遠くに映る本能寺に思いを馳せてみた。
熱田神宮にある信長塀と同じ造りのようですね。熱田神宮にある信長塀は桶狭間の戦いの戦勝の御礼として寄進されたのですが、こちらはどのような名目で寄進されたのでしょうか?他にも信長は色々な神社仏閣に色々寄進しているようですね。以前は信長は無神論者のように言われていましたが、こういうものを見ているとそれは実に浅薄な見方であると感じます。安土城の天主にも地階に法華経で説かれている宇宙の中心にあるという宝塔が置かれていたり、また五階部分には釈迦十大弟子や孔子十哲や道教の神々も描かれていたりとかなり宗教色の強い内容となっています。
初めての参拝時に、ここにも信長塀があったことに驚きました。熱田神宮の信長塀は、1560年の桶狭間の戦いの後に、勝利した事で寄進されました。こちらは、1580年、社殿の建立時に信長塀も造営されたようです。社殿と黄金の樋が注目されがちですが、社殿を囲む様に造られたこの信長塀、20年の差がある熱田神宮の信長塀との違いに注目してほしいと思います。因みに1580年と言えば、石山合戦も終結し、本願寺勢力と一向衆との和議がなり、ほぼ畿内から近国が平定された年です。
| 名前 |
信長塀 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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織田信長が寄進した土塀です。