赤穂浪士ゆかりの紫雲山、茄子と山椒の美味!
瑞光院の特徴
赤穂浪士の46士の遺髪が埋葬されている場所です。
毘沙門堂につながる道に位置しているお寺です。
紫雲山瑞光院の御本尊は臨済宗大徳寺派です。
大石内蔵助以外の46士の遺髪が埋葬されています。大石内蔵助の遺髪塚は討ち入り前の宅跡のある岩屋寺の境内にあります。山科駅から瑞光院から岩屋寺へと徒歩で向かうと大石内蔵助の境地がほんの少し共有できました。
毘沙門堂に通じる道にあり、赤穂浪士のゆかりのお寺です。遺髪塔と墓石があります。山門横に浅野家ゆかりの稲荷社があり、なぜお寺に神社が?ということも含め住職さんが説明をしてくれます。
茄子とかちりめん山椒とか美味しいですよね。
赤穂の浅野内匠頭の奥さんとお寺の方が親戚なのでゆかりが有るようです。
紫雲山瑞光院臨済宗大徳寺派御本尊:令和4年6月29日参拝。
2024.12.14今日は山科義士祭、どうしても気になる寺院故に訪れました。今日は開いています。浅野稲荷神社、そして浅野内匠頭のお墓お参りしましたよ😊チャリンと音をさせ、手を合わすと"ニコッ"っと会釈してくれる人がいた。3年前に来たら、生憎閉まっていた事を話すと、それはコロナで閉まって居たのでは…なる程、 今、お庭は何時でも開いているらしい。2021.9.7朱橋から毘沙門天への道、瑞光院はこの道の側に有り。慶長18年(1613)因幡の藩主の山崎家盛が大徳寺の琢甫(たくほ)和尚を創始者として建てた臨済宗大徳寺派の寺院、元々は上京区に有ったそうだが、昭和37年にこの地に移転したそうじゃ。ここには、赤穂浪士で有名な浅野内匠頭の墓、大石良雄をはじめとする46義士の遺髪を埋葬した塔や浅野稲荷神社が有る。今は閉まっているので、門前からの覗き見(すみません)浅野内匠頭の辞世の句は"風誘う花よりもなお我は、また春のなごりをいかにとかせん"大石良雄は"あらたのし、おもひは晴れる身は捨てる、浮世の他にかかる雲なし"成る程、真反対の詠。同じ山科区の岩屋寺(大石寺)で赤穂浪士の知識を一杯教えて貰ったから…ここはでは教えが役だったわ✋参拝は12月が良いのでは?
赤穂浪士ゆかりのお寺です。
住職不在多し。書き置き御朱印☺️
紫雲山と号し、臨済宗大徳寺派に属する。 慶長18年(1613)因幡(いなば)国(鳥取県)若桜城主山崎家盛が大徳寺琢甫和尚を開山に請じて一寺を建立したが、家盛の没後、その法号にちなんで瑞光院と称したのが当寺の起りである。もと堀川鞍馬口にあったが昭和37年11月ここに移った。 元禄初期には当院第3世陽甫和尚が播州(兵庫県)赤穂城主浅野内匠頭長矩(たくみのかみながのり)夫人瑤泉院と族縁に当るところから、浅野家の香華祈願所となった。元禄14年(1701)長矩が江戸城中で吉良上野介(きらこうずけのすけ)に忍傷に及んで切腹したとき、当院内に供養塔が建てられ、また翌年上野介を討った大石良雄らが切腹したさい、その遺髪が寺内に葬られた。 境内には長矩、良雄ら46義士の墓のほか、良雄が生前愛したという梅の古木がある。 12月14日の義士討入りの日には義士ゆかりの寺として参詣する人が多い。
| 名前 |
瑞光院 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
075-581-3803 |
| HP | |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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お寺さんスタッフさんが我々が説明を聞いているとき そばの廊下を音を大きくして行ったり来たりしていました。あれは早く出ていってという催促かなー。