岡崎の歴史、アラモの碑。
アラモの碑の特徴
岡崎城公園内のアラモの碑は歴史の結びつきを感じる場所です。
アラモの碑は日米の戦いの共通性を称えた貴重な記念碑です。
色鮮やかな春の訪れを感じる絶好のスポットです。
外国のアラモの戦いと日本の長篠の戦いが似ている…って単に、それってあなたの感想ですよね?妄想ですよね?思い込みですよね?と言いたくなるような、岡崎城とは全く関係のない石碑。しかも表面がかなり劣化していて、説明板が無ければ一体何の石碑なのかも分からない。長い間、何なのかよく分からなくてアダムの碑とかアダモの碑とか適当に呼んでいた。アダモちゃんとは何の関係も無いとは思っていたけど。
岡崎城公園内に建つ「アラモの碑」は、一見するとアメリカとは縁遠い岡崎の地にありながら、日本とアメリカの歴史を結ぶ全国的にも珍しい記念碑です。この碑を建立したのは、岡崎出身の地理学者・評論家 志賀重昂 で、彼は1836年のテキサス独立戦争における「アラモの戦い」と、1575年の「長篠の戦い」に共通する精神を見いだしました。志賀が特に注目したのは、アラモ砦から援軍を求めて敵中を突破した青年 ジェームズ・ボナム と、長篠城から脱出して岡崎の徳川家康へ危急を知らせた 鳥居強右衛門 の行動でした。彼は「使命感と忠義に国境はない」と深く感銘を受け、その思いを形にするため、長篠古戦場の鳥居強右衛門の墓所付近から二つの石を採取し、一つをアメリカ・テキサス州サンアントニオのアラモ砦跡に、もう一つを岡崎城内の龍城神社付近に据えて、1914年(大正3年)に両地へ同時に記念碑を建立しました。碑文にはその経緯と、鳥居強右衛門の忠義を称える言葉が刻まれています。また、碑の近くにはアラモ砦ゆかりのドングリから育てられた木も植えられており、日米の歴史的なつながりを象徴する存在となっています。岡崎城といえば徳川家康ゆかりの史跡として知られますが、このアラモの碑は「忠義」「使命感」「自己犠牲」という普遍的な価値が国境を越えて共鳴することを示す、非常に珍しい記念碑です。城内を散策する際には、ぜひ足を止めて、三河武士の精神とアメリカ開拓史との意外な結びつきに思いを巡らせてみてください。
まだ赤い色がきれいでした。12/13
なぜアラモの碑がここにあるのか不思議ですが、アメリカのアラモの戦に、長篠の戦の鳥居強右衛門の逸話と同じような話があるのらしいです。長篠ではなく、ここ岡崎城にあるのは?ですが。
| 名前 |
アラモの碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
アラモの碑😊岡崎公園のアラモの碑は、岡崎出身の地理学者・志賀重昂が、テキサス独立戦争の「アラモの戦い」と日本の「長篠の戦い」における決死の使者の共通性に感銘を受け、日米の強い使命感を称えて大正3年(1914年)に建立したものです。建立の背景と物語岡崎出身の世界的地理学者である志賀重昂が、日米の歴史的悲劇の類似に着目しました。アラモの砦から援軍を求めて走った青年ボナムと、長篠城を脱出して岡崎城の徳川家康へ危急を知らせた鳥居強右衛門の忠烈が重なると評価されました。「強い使命感に東西の別はない」として、アメリカ・テキサス州サンアントニオのアラモ砦と、故郷の岡崎公園の両方に記念碑が建てられました。