占春園で感じる嘉納治五郎の偉業。
「嘉納治五郎先生像」朝倉文夫の特徴
嘉納治五郎の銅像は占春園にあり、歴史的価値があります。
昭和33年11月に建てられ、風格ある存在感を放っています。
明治29年から大正8年まで教育界に貢献した偉人の姿を鑑賞できます。
嘉納治五郎先生が高等師範学校の校長を務めた関係から、師範学校の系譜を引く筑波大学の占春園に銅像が建てられています。この銅像は朝倉文夫の作品で、すっと背筋が伸び、紋付袴に雪駄を履いた和装が印象的です。また、お隣の教育の森公園には、朝倉文夫の娘の朝倉響子の作品もあり、朝倉文夫とその血を継いだ娘の作品も一度に見ることができます。
筑波大学附属小学校の自然観察園である占春園にある。筑波大学のかなり前の前身の高等師範学校の校長を務めた関係もあって、ここに銅像がたっている模様。かなり鬱蒼とした庭園のなかにある。朝倉文夫の作品で、原型の制作は1936年(昭和11年)。嘉納治五郎の没後20年である1958年(昭和33年)に設置された。
嘉納治五郎の銅像は全国にいくつかあり、講道館などにも銅像がありますが、いずれも素晴らしいです!
「柔道の父」と呼ばれ、また「日本の体育の父」とも呼ばれる嘉納治五郎さんの銅像です。講道館設立と同年に学習院教頭に就任するなど、柔道の普及とともに教育にも力を注いだそうです。旧東京教育大学の跡地であるここ占春園にある銅像は、本郷の講道館本館前にある銅像と同じく、彫刻家の巨匠 朝倉文夫さんの手により製作された原型から、復元されたものです。
明治29年より大正8年まで、東京高等師範学校校長の要職につき、わが国の師範教育に大きな功績を残された先生です。講道館柔道の創始者で、国際オリンピック委員としての活躍と功績は有名とのこと。でも、かなり寂しい所に建ってます。
占春園にある嘉納治五郎の銅像で、昭和33年11月に建てられました。袴を着た姿のこの御仁は兵庫県出身の柔道家で、柔道を志す者ならば知らぬものはいないほどの人物です。その功績は大きく、講道館柔道の創始者であり、柔道をはじめ、スポーツ・教育分野の発展や日本のオリンピック参加に尽力され、明治から昭和にかけて日本のスポーツの道を開きました。柔道の父と呼ばれ、日本の体育の父とも呼ばれています。その名を冠した柔道大会は今も開催され、多くの弟子の中には有名な柔道家はもちろん、あのシャーロック・ホームズもいたそうです。国内外の勲章、栄典を多く受賞しており、オリンピック柔道競技、世界柔道選手権大会に出場する日本打票選手が大会前に必勝祈願として嘉納治五郎の墓参りをするのが恒例になっているそうです。
昭和三十三年十一月再建銘。台座裏面に刻字あり。柔道の創始者。大河ドラマ「いだてん」にも登場。筑波大学の前身である高等師範学校及び東京高等師範学校の校長を20年以上勤めた所以でここにあるようだ。(ここ筑波大学東京キャンパスに程近い占春園のみならず、)春日駅に程近い講道館、さらに筑波大学筑波キャンパス内にも銅像がある。案内板の根本を見る。かつての案内板の重石と思われるコンクリートが露出していた。
| 名前 |
「嘉納治五郎先生像」朝倉文夫 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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文京区大塚・開運坂の命名者でもある嘉納治五郎先生の像が、園内にあります。柔道漫画のYAWARAのおじいちゃんの、モデルにもなった人物ですね。