五香駅近くの歴史深い野馬土手。
野馬除土手(五香十字路北)の特徴
五香駅から徒歩3分の便利な土手で、歴史を感じられます。
下総牧の名残を持つ、この場所は貴重な史跡です。
徳川幕府直営の野馬放牧場があった歴史的な意義があります。
松戸市の金ケ作と五香6丁目の境にある野馬除土手です。以前は鬱蒼とした森のようになっていましたが、高い木や土手に生えていた木が伐採されて今は低木が茂る姿に変わっています。
五香駅から3分の場所にある土手。指標には150kmあったと書いてあるが、ちょっと信じ難い。
見た目はなんの変哲もない普通の土手ですが、昔下総台地の内陸一帯に展開していた「下総牧」は近世を通じて荷役用の駄馬の供給源として、 或いは軍役馬の養成することを目指した野馬の放牧場として徳川幕府が直接経営していた。 この下総牧は小金牧と佐倉牧の二牧に大別され、さらに小金牧は庄内牧、高田台牧、上野牧、中野牧、下野牧、印西牧の六牧に分かれる。 現在見られるこれらの土手は野馬除土手と呼ばれる野馬放牧場の名残りです。野馬除土手は、外側に掘を掘り、掘った土を盛り上げて土手としたもので、牧馬の逃亡を防ぎ野犬などから馬を護るとともに、 農民にとっては野馬を牧内に留めておき農作物を守るために大切なことでした。この土手は幕末の記録によると総延長150キロメートルにも達したと思われます。
新京成電鉄 五香駅から直線で約200mしか離れていない場所にある野馬除土手です。長さは途中途切れはするものの約140m、高さは2.5m位はある立派な土手です。江戸幕府は軍用馬の養育を主な目的として、下総國の東に佐倉牧、西に小金牧の2大 牧をもっていました。さらに小金牧は5牧に分かれ、こちらの五香周辺は小金 中野牧に含まれていました。牧では野馬という半野性馬の放牧が行われていて、野馬が田畑や村に入り込まないように築かれた土手を野馬(除)土手と言います。明治になると幕府の崩壊とともに下総牧も廃止され、新田の開発が始まりました。中野牧は5番目の開墾村として五香や6番目の六実と、現 鎌ヶ谷市になる1番目の初富と呼ばれました。この五香十字路北側の野馬除土手は、地権者の方の御努力で現存している下総中野牧の貴重な遺構です。※2026年再レビュー。
久々の更新です。江戸時代の遺構。松戸市教育委員会の標柱が建っていますが、ここは小金牧のうちの中野牧の野馬除土手になります。小金牧とは、江戸時代後期の高田台牧・上野牧・中野牧・下野牧・印西牧の総称です。このすぐ先の五助木戸(五香十字路)とつながていて、現在の五香、六実、六高台、松飛台に広がっていた中野牧との仕切りの土手囲いの跡になります。こちら側が享保15年(1730)の検知で新しく生まれた金ヶ作村です。五助木戸は、中野牧を突っ切るルートとして反対側に佐津間木戸があり、鮮魚街道(なま道)となっていました。歴史的には、将軍お鹿狩りで絵図にも描かれた場所であり、当時の重要な江戸への物流ルートでもありました。野馬除土手は、宅地開発でほとんどが潰されてしまい現存するものは少なくなっています。
| 名前 |
野馬除土手(五香十字路北) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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五香十字路を金ケ作方面へ大通りではなく脇道を進むと道沿いに200m弱くらいの野馬土手があります。案内柱も建てられており分かりやすいです。割と交通量が多いので見学の際には注意が必要です。