子供の頃の庭、竹田神社。
竹田神社の特徴
仁徳天皇御世に建立された由緒ある神社です。
子供の頃の思い出が詰まった、親しみやすい場所です。
狭い敷地ながら、古さを感じられる神社の魅力があります。
仁徳天皇御世、 大和国十市郡刑坂川之辺有竹田神社。 因以為氏神。 同属住焉 緑太美。 供御箸竹。 因茲賜竹田川辺連」とあり、仁徳天皇の御代以前に竹田氏が祖神の火明命をここにまつって氏神としていたので、川辺連の本貫地に創祀されたことになる。延喜式内社である。『大和志』に「今称三十八社」とある。大同三年(808)五月甲甲安部真直と出雲連広貞等に詔して撰せしめられたと『川乃反薬』『太計太薬』『楚武川薬』について同連家に世々伝わる秘方が記されている。例祭は十月二十五日。かっては旧暦七月十五日に松明祭が境内で実施されたが、今廃絶している。-奈良県史(神社)より-
子供の頃毎日遊んだ庭のような存在。歴史のある神社だと言うことは随分後に知りました。たくさんお世話になって、昔とは雰囲気も変わって、懐かしい場所です。
建立は古いのですが敷地が狭く良い神社とは言い難い。
| 名前 |
竹田神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=33795 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
竹田神社(たけだじんじゃ)。奈良県橿原市東竹田町。式内社(小)、旧村社。【祭神】天香久山命【関係氏族】竹田川辺連:『新撰姓氏録』左京神別に火明命の子孫。尾張系氏族。資料によると、寺川の西南岸に鎮座する。仁徳天皇の御代、大和国十市郡の刑坂川の辺りに竹田神社がある。これを氏神とし、その地に住んでいる。緑竹が大きく美しかったので箸竹として献上したところ、これによって竹田川辺連の姓を賜った『新撰姓氏録』。これがそのまま当社の由緒となっています。刑坂(オシサカ)川とは現在の当社のすぐ北東を流れている寺川にあたります。『多神宮注進状草案』によれば本社は多神社の若宮とされている。御祭神は「天孫国照火明命」であり竹箸を神像としていることが記されています。本社の左手にある大日堂は神宮寺の跡という。弘治元年(1555)に南都宿院仏師源次・源四郎父子によって作られた大日如来坐を安置する。この像は昭和54年に盗難に遭ったが、その後無事もどってきた。現在の当社の御祭神は「天火明命」とする資料と「天香語山命」とする資料があります。両神は父子関係にあたり、いずれも当社を奉斎した竹田川辺氏の祖である。とあります。