手白香皇女の真陵、池の金魚と共に。
西山塚古墳の特徴
住宅街に突如現れるポコっとした形状の古墳です。
墳丘長114mの前方後円墳で、6世紀前半に築造されました。
後円部東側には美しいショウブの咲く池があります。
天理の萱生にある前方後円墳。継体天皇の皇后の手白香皇女(たしらかのひめみこ)の陵墓とされているそうである。しかしココは宮内庁管轄ではなく、畑として利用され、よくわからず立ち入る山辺の道ハイカーや観光客により荒らされ御陵の崩壊が進んでいる。そばに民家があり古墳をモチーフにした旅館を始められるという事で古墳への観光客の立ち入りが増えると更に崩壊が進む事でしょう。日本の国母の御陵でもあるのに中々に辛い状況であります。
4月18日木曜日石上神宮から山の辺の道を南へ柳本までウォーキングこの辺り古墳だらけですもっとも、宮内庁管理の陵墓ではなく、柵もなく、古墳なのか丘なのか? といった風情です途中の古墳では、隣家の人たちが筍掘っていましたまた、濠なのか、ため池なのか水郷地帯です東向いた景色も新緑で爽やかでした。
何故か前方部が北を向いている古墳です。墳丘に登れ、上から大和古墳群の古墳が数々見れます。
古墳が何処か分かりにくかった通りすがりだったので 次回はゆっくり回ってみます。
大きくはないですけど、のぼれる古墳です。以前来た時に見かけた猫がいました。
住宅街を歩いていると唐突に古墳が現れる遠目から見ても古墳独特のポコっと浮き出た形状が確認できる直接のアクセスは難しいが、周囲には説明パネルがあり便利。
後円部の東側に美しいショウブの咲く池があります。多分墓の周りを守る池の名残です。20210508訪問。
手白香皇女の真陵とされる陵墓です。古事記によれば近江(滋賀県)、日本書紀によれば越前(福井県)に居たというオホド王、継体天皇と結婚します。正確には政略結婚させられます。二人の間に出来た子供は欽明天皇で、現皇室の皇祖とされる人物です。継体は、おそらく自分が王家の血を引いているか?どうか怪しいので、その当時の王家の血を引く手白香皇女と結婚しました。そうしないと、ヤマト王権の重臣たちが納得しなかったと思われます。大王即位からヤマトに入るまでに20年近くもかかってます。継体と違って、王家の血を確実に引いている皇女の陵墓が畑にされているのは、おいたわしい限りです。宮◯庁は何をやってるのでしょうか?
大和古墳群には前方後円墳16基、前方後方墳4基あり、ほぼ全てが前期古墳で唯一この西山塚古墳のみが六世紀前半の築造とされている。古墳の向きも他の古墳と違い北(今城塚古墳)を向いている。あえてこの大和古墳群に造った事に意味がある。崇神天皇陵と近く、当初は墓の管理は崇神天皇陵と手白香皇后陵と兼ねて管理されていたと記録されている。衾田陵が手白香皇后の墓だとされているが、築造年代がまったく合わず西山塚古墳しか該当するべき候補は見当たらない。継体天皇陵もまた異論続出。何でやねん‼️ 🆖訪れた時は墳丘上の竹等が伐採されサッパリして墳丘上に上がれ、後円部の墳丘の廻りを川原石で丁寧に固めているのが間近かで見えた。
| 名前 |
西山塚古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0743-65-5720 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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古墳の真正面は池があり、その右側にある民家の細い道から古墳にたどり着けられます。果樹が植えられていて(もうこれが普通の光景)てっぺんに登ることができます。それほど高いとは言えないけど、奈良の美しい自然が360度見渡せます。中々の絶景かなです。