長屋王の跡地で歴史探訪。
長屋王邸跡 解説碑の特徴
長屋王邸跡は平城京の観光ポイントの一つです。
歴史を考えさせられる貴重な場所となっています。
近くには長屋王の夢の跡が感じられる石碑があります。
高校歴史で観ました(2008.5.27):小笠原亜里沙。
《解説看板》ここは、奈良時代(8世紀)の初めに、正二位左大臣であった長屋王の邸宅があった場所です。昭和61年(1986)から発掘調査が行われ、昭和63年(1988)に大量の木簡が出土し、長屋王の邸宅であることがわかりました。長屋王の父は天武天皇の長男高市皇子、母は天智天皇の娘御名部皇女で、王の妻は元明天皇の娘吉備内親王でした。右大臣藤原不比等の死後、国政の中心人物となりましたが、神亀6年(729)に課反の疑いにより自尽においこまれました。長屋王の邸宅は平城宮の東南に隣接し、平城京左京三条二坊一・二・七・八坪の4坪分を占め、約6万m'もの広さがありました。内部は王の住居地区、王家の事務所地区、使用人住居地区など、数ブロックに塀で区画されていました。長屋王の住居は面積360㎡の掘立柱建物で、天皇の住居である平城宮内裏正殿に準ずる広さがありました。長屋王の邸宅東部の井戸やごみ捨て穴からは、約4万点もの木簡が出土しました。これらの木簡は王家の事務書類で、王に仕えた人々と役所のこと、王家を支えた経済的基盤のこと、王家の豪華な食生活のこと、犬・馬・鶴を飼っていたこと等が記され、奈良時代の高級貴族の生活を理解するうえで貴重な史料となっています。
もう少し分かりやすい表示を。景観の保存を。
路肩の花壇の、オレンジの花の色につい、カメラを向けてしまいました。
貴重な史跡を壊して建てたから呪いガーとかいう人もいるが、そんなもの全部残してたらこの付近は何も作れなくなるぞ!!過去よりも今を生きる人たちの生活の方が大切あーだこーだ言うのは余命数年の老害たちそごう跡、今回こそは成功してほしい。
新しいお店ロピアが色々食品が激安でそろえ良かった無料のシャトルバスもありがたい。
歴史を考えるきっかけとなりました。
この跡地の近くにある店が潰れては長屋王の呪いと言われていますが、それなら近くの川の土手にもう少し立派な石碑を立てるなりすれば良いのにと思います。
何かパワー貰った気持ちでとても良かったです。
| 名前 |
長屋王邸跡 解説碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.pref.nara.jp/koho/kenmindayori/tayori/t2010/tayori2202/nara_sanpo2202.htm |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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長屋王邸跡の詳細な内容が書かれていて。