大正の歴史が息づく道路元標。
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| 名前 |
志士庫村道路元標 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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大正 8 (1919)年,内務省の「道路法」で「道路元標ハ各市町村ニ一箇ヲ置ク」と定められ、大正 11(1922) 年には「道路元標ハ石材其ノ他ノ耐久性材料」「25cm 四方,高さ 60 ㎝(先端は丸型)」「其ノ位置ヲ表示スル為道路ニ面シ最近距離ニ於テ路端ニ之ヲ建設スヘシ」とされ、当時の市町村数と同じ12,300もの道路元標が建てられたのです。明治22年、宍倉村・西成井村・上軽部村と共に合併して志士庫村が発足す。昭和30年、志士庫村は下大津村・美並村・牛渡村・佐賀村・安飾村と共に合併し、出島村となる。平成9年、霞ヶ浦町となる。平成17年、千代田村と合併して、かすみがうら市となる。志士庫小学校跡近く、県道118号石岡田伏土浦線沿いのJA土浦霞ヶ浦北支店(平成31年に合併して「JA水郷つくば」となって、たぶん霞ヶ浦北支店は廃止されたと思います)のフェンス脇にひっそりと道路元標が建っていました。霞ヶ浦北支店が元・志士庫村役場があった場所だったのでしょうか。