百万遍念仏供養塔の魅力。
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
念仏供養塔他二基 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
【右端】百万遍念仏供養塔。塔身上部に大日如来の梵字。「天下泰平」「風雨順時」「国土安穏」「五穀成就」の願文を刻む。健之年月日は享和元年十一月。側面に「念仏講請聖霊千二百七十五人。川施餓鬼聖霊千六百五十七人。」とある。供養した死者の数と思われるが溺死者の多さに驚く。裏面に大正七年三月に追彫した漢籍碑文。大要は「私のご先祖様が川越道に道標を刻んだ仏像を設置した。明治維新により廃仏毀釈の危機に合ったため、近隣各家にこれを隠した。その後の大正七年、それらをここに安置しなおした」云々とある。また、側面に村の名前近隣およそ二十村。【中央】寛政十年二月銘。「開眼導師慈覚山福正寺第七十七世」「差扇領十九ヶ村入合原」「東与野、大宮みち」開眼法要は福正寺の77代目がやった様である。入合原とあるので、元は荒川沿いの下谷原入会地に置かれていたのだろう。また、道標が刻まれている。【左端】寛政十年二月銘。「差扇領十九ヶ村」「南与野大宮道」「北 老袋、川越道」とある。これもまた道標の様を刻む。