江戸幕府の威光を感じる霊廟。
徳川家霊台の特徴
徳川家霊台は1634年に建てられた歴史的な霊廟です。
家康公と秀忠公を祀る美しい二棟が揃っています。
金剛峯寺からも近く、静かな境内が魅力的です。
【江戸幕府と高野山をつなぐ霊廟】徳川家霊台は、三代将軍家光によって建立された霊廟で、向かって右に徳川家康、左に徳川秀忠の霊舎が並ぶ。高野山の中でも、政治権力と宗教都市との結びつきを具体的に感じさせる場所の一つであり、重要文化財にも指定されている。建物の規模は極端に大きいわけではないが、彫刻や意匠には明らかな力の入れ方がある。杉木立の中に静かに建つその姿には、権力の象徴が時間とともに静かな史跡へ変わっていく過程を見るような趣がある。最近は拝観受付の運用が簡略化されている案内もあり、人の気配が薄い時間帯があっても不思議ではない。そうした静けさも含めて、高野山の一断面をよく伝える場所である。
9:00〜16:30拝観料200円当時はすごく色鮮やかな建築だと思わせる建物でした。Yahooより高野山にある徳川家康・秀忠親子の霊を祭る2基の霊屋[たまや](重要文化財)。向かって右側が家康、左側が秀忠。3代将軍家光が寛永20年(1643)に建立。いずれも約6m四方の一重宝形[ひとえほうぎょう]造で、銅瓦葺の屋根の頂に露盤を載せ、周囲に縁と勾欄[こうらん]を配している。正面の向拝[こうはい]は唐破風[からはふ]。家康は寅、秀忠は兎の干支の彫刻がある。内部は非公開。壁面・天井・厨子にいたるまで、金銀の蒔絵や極彩色の装飾金具など絢爛豪華な飾りが施されている。
入場料200円賽銭箱の様な所へ入れて、パンフレットをもらい拝観しました。所要時間15分程でみれました。彫刻を見ながら中はどんなに素晴らしいんだろうと想像しながらながめました。金剛峯寺から徒歩10分程度で道のりは分かりやすかったのですが、行きは少し坂道になっていて、帰りは楽に歩けました。雨でしたが見れてよかったです。
7月26日にはじめてお伺いしました。30度近い蜩が鳴く昼下がり、人けが無い階段を上がると、一気に気温が下がったかの様に、暑さが和らぎます。杉の木に囲まれたここは、言葉が出ないほど神聖な場所でした。
南海りんかんバス「浪切不動前」より徒歩3分ぐらい。拝観料200円。(諸堂共通拝観券使用可)受付無人の日は チケット、拝観料は箱に。8:30〜16:30(16:10受付終了)無休。🅿️無し徳川家初代 家康公と 2代 秀忠公の御霊を祀る霊屋。内部は非公開ですが霊廟の蒔絵や装飾が見応え有りぜひ 見ていただきたい。御朱印有り。無人の場合は 女人堂でお書入れして下さいます。
徳川家康、秀忠の霊屋。戦国大名の墓も奥之院の参道途中に沢山あるが、魂だけでも弘法大師の近くにということなのだろう。このような場所は日本全国探してもここしか無い。
豪華です。徳川家というだけあって豪華。高野山の他の建物とは趣向が違います。何重にも重なった彫り物、金ピカの金物。建物は大きく無いですが威厳感じる作りです。
右が東照宮(家康)霊屋、左が台徳院(秀忠)霊屋になります。よく見れば、(現在は諸説あるようですが)生まれ年である、家康霊屋の向拝の蟇股(かえるまた)には虎の彫刻、秀忠霊屋には兎の彫刻があります。作りも豪華で見応えがあります。御朱印は、徳川家霊台では受付に人がいないため頂くことができません。女人堂か、金剛峯寺で頂くことができます。
徳川家霊台は徳川幕府の初代将軍家康と2代将軍秀忠の霊屋で、重要文化財に指定されております。寛永20年(1643)に3代将軍家光の命により造営され、宝形造の霊屋2棟がそれぞれ透塀に囲まれて東西に並び建てられています。建物内部は、様々な工芸技術の粋を結集しており、細部にまで緻密な彩色や彫刻が施されています。
| 名前 |
徳川家霊台 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0736-56-2011 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
「徳川家霊台(とくがわけれいだい)」は、江戸幕府の初代将軍・徳川家康と2代将軍・秀忠を祀るための霊廟(れいびょう)です。1643年に3代将軍・家光によって建立されました。向かって右側が家康の「東照宮家康公霊舎」、左側が秀忠の「台徳院秀忠公霊舎」を祀っており、一重宝形造(いちじゅうほうぎょうづくり)という建築様式の建物が2つ並んでいます。