千里浜に刻まれた、歌人大伴家持の精神。
万葉歌碑/大伴家持の特徴
1200年以上前の大伴家持の歌碑がある場所です。
千里浜レストハウスの奥に位置していて目立たない。
令和元年に新たな価値を再認識できるスポットです。
2024年7月15日 訪問千里浜レストハウス駐車場の奥にあり、ほぼ見落とされがちかと存じます。大きな歌碑です。
1200年以上も前の役人は本当に辛い仕事でもやりきるだけの強い精神力と体力が有ったのだと再確認させられました。
歌碑 大伴家持 年月日 撮影※ 経緯・2019年に改元で、新元号が「令和」となった。・万葉集から引用等されたのに伴い、祝いとなし・初めて、案内板が設置された。
| 名前 |
万葉歌碑/大伴家持 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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『万葉集』の歌人・編さん者としても知られる大伴家持の歌碑です。天平20年(748年)に国司の務めである「出挙(すいこ)」(春に種もみを貸し付け、秋の収穫時に利息とともに回収する)のため、当時越中国に属していた能登国を視察・巡行、羽咋郡に入り「気多神宮」を参拝しました。その際に羽咋の海の風景に感じ入り残した歌となります。「之乎路(しおじ)から 直越(ただこ)え来れば 羽咋(はくい)の海(うみ)朝凪(あさなぎ)したり 船梶(ふねかじ)もがも」【現代訳】志乎路の山道を越えてくると、羽咋の海は朝なぎをしている。舟と梶(櫂)があればよいのになお、独特の形状をしている歌碑は家持が歌に詠んだ「船梶」をデザインしたもので気多大社に向けて建てられているそうです。