日光道中、彫刻撮影の寺。
興光寺の特徴
由緒あるお寺で歴史的な雰囲気を体感できます。
お墓参りに訪れることで心を落ち着けられます。
日光道中壬生通りと接していてアクセスが便利です。
お墓参りに訪れました。先祖代々の檀家なので何かの時はお世話になりますが、日頃は疎遠です。
住職の許可を得て、本堂の欄間の彫刻などを撮影📷した。2021年10月11日(月)に壬生町の街歩きで訪れた。石碑には次のように記されている。●浄土宗 興光寺の由来浄土宗 深渡山照泉院と号する。本尊は、阿弥陀如来立像 応永年間(一三九四~一四二八) 徳蓮社良納上人開山、開基は栄覚大和尚、壬生三ヶ寺の一つ。 徳川三代将軍の頃、福和田村より本陣松本家(崇雲院)の隠居所であった大手門外北の現在地に移った。慶安四年(一六五一年) 徳川大献院殿の御尊骸日光山へ入御の、当寺で通夜が勤められ、この時幕府より「葵」の紋が贈られ、三代将軍家光公ご位牌を安置す。子育呑龍上人像を尊置。文政年間の有名な代官谷郡太夫君雄幕末の狩野派画人壬生藩の家老髙須甘棠、本陣で名主の松本甘暁師弟の墓、戊辰戦争安塚の戦いで戦死した政府軍の官修墓地がある。壬生町観光協会以下は「とち旅」より●興光寺(壬生町)概要: 興光寺は栃木県下都賀郡壬生町通町に境内を構えている浄土宗の寺院です。興光寺の創建は室町時代の應永年間(1394~1428年)に良納上人が開山してのが始まりと伝えられています。当初は福和田にありましたが慶安4年(1651)に三代将軍徳川家光が輪王寺大猷院(日光市)に埋葬される際、壬生城の城下にある興光寺で仮通夜が行われる事となり、現在地に移りました。以来、幕府から庇護され「葵」の紋が贈られることとなり、現在でも山門や本堂の軒瓦には三葉葵が掲げてられ本堂には家光の位牌が安置されています。興光寺境内には戊辰戦争で戦死した政府軍官修墓地があり壬生藩1名、土佐藩(高知県土佐市)7名、松本藩(長野県松本市)2名、吹上藩(栃木県栃木市吹上町)2名、因州藩(鳥取藩:鳥取県鳥取市)1名、山国隊(藩ではなく、丹波国桑田郡山国郷の民衆が組織した義勇軍、鳥取藩に従い各地に転戦しています。)3名の16名が祀られています。興光寺本堂は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、桁行6間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ。山門は切妻、桟瓦葺き、一間一戸、薬医門形式。宗派:浄土宗。本尊:阿弥陀如来。
駐車場狭い。
日光道中壬生通りに面したお寺。山門や本堂の棟に三葉葵の紋がついているのは、三代将軍家光の遺骸を日光に移すとき、ここで休憩したからだそうです。
| 名前 |
興光寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0282-82-0233 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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由緒あるお寺です!住職もとても優しく丁寧に解らない事とか教えて下さります!