鎌倉時代から続く八幡宮。
下八幡宮の特徴
農村の集落外れに位置する大ケヤキの荘厳さが魅力的です。
南方面を向いて鎮座する姿は特別な風情があります。
自然に囲まれた静かな場所で心安らぐ訪問ができます。
石祠の鬼面は角が摩耗もしくは欠損していて魔人面とも呼ばれているらしい。これを見に行くだけでも価値があります。大欅も圧巻。
境内の大ケヤキ。樹齢などは不明だが、中央部に大きな樹洞ができている。桜の木と並んでおり、奇妙な形だが生命力を感じます。下八幡宮には関白竜天流の獅子舞が伝わっており、室町時代からともいわれている。獅子頭は大きく、螺旋状に彫刻された角を持つ珍しい形状をしています。
農村の集落の外れに鎮座。開放的で広くさっぱりした境内の片隅で、はからずも、ケヤキの不撓不屈の巨木と出合う。平べったくて分厚い幹は、どうしたわけか、大小のコブとウロだらけで、まさに満身創痍…。息詰まるような奇々怪々な姿で、緑したたる梢を伸ばし、超然と聳え立つのを、驚嘆と畏敬の念でみつめ、惜しみないエールを送って、別れを告げる。
南方面を向いて鎮座しています。大けや木はさすがにすごい。木の半分はない。
| 名前 |
下八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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群馬縣管下上野國西群馬郡南下村字下八幡鎮座 村社八幡宮御祭神 品陀和氣命境内末社 二社神明宮(大日孁命) 秋葉社(火産霊命)(「上野国神社明細帳」参照)由緒鎌倉時代嘉禄元年(1225)足利義胤が桃井荘の地頭となるに及び、源氏の氏神である八幡宮をこの地に勧請したものと伝えられています。一説によると元禄九年(1696)九月十六日の創建とも伝えられ、大正七年(1918)九月十三日神饌幣帛料を供進する神社に指定されました。(「吉岡村誌」参照)吉岡町指定重要文化財「下八幡宮の石祠」下八幡宮は、この地方の豪族桃井氏が南北朝時代に源氏の守り神として勧請したと考えられています。本殿の西北裏に祀られているのがこの石祠で、御祭神は不明です。石祠は高さ102cm、棟幅86cm、奥行99cmで、棟の鬼面は向かって右が高さ18cm、幅10cm、左が高さ16cm、幅12cmと鬼面の大きさでは県下屈指の作品と考えられます。銘に「寛永十弐乙亥(1635)十二月吉日」とあり、江戸時代前期造立です。鬼面が風雨で荒れて能面の翁のような顔立ちです。(吉岡町教育委員会設置「境内案内板」参照)吉岡町指定重要文化財「下八幡宮獅子舞」下八幡の獅子舞の起源は、下八幡から野良犬(前橋市清野町)に獅子舞が伝えられたのが、慶長年間(1600頃)と言われるので、室町時代まで遡ると考えられます。獅子頭の塗り替えが安永六年(1777)に行われたとの記録もあります。流派は、「関白竜天流」で、頭は先獅子が勇猛、雌獅子が赤色で目が丸く、後獅子が荒々しい表情です。頭は桐の巨木の彫りぬきで、人の顔がそっくり入り、入り口から外が見える作りです。舞は、腰を低く構え、頭と手を大きく左右に振る、勇壮活発な格調高いものです。(「吉岡町観光情報HP」参照)