大和国十四所 静謐な神社探訪。
都祁山口神社の特徴
森閑な雰囲気で心を落ち着けられる神社です。
素晴らしい磐座御社尾は一見の価値があります。
便利な広い駐車場でアクセスしやすい立地です。
静寂の清々しい神社です。本殿から頂上に歩いて数分、向かうと御社尾の磐座が有るので是非とも登ってご覧ください。数mt四方のとても大きな岩が鎮座しています。
鳥居からの参道、拝殿等いい雰囲気です。磐座まで登ってみて下さい。ぜひ都祁水分神社も一緒にお参りください。
道が狭くて迷いながらもなんとか辿りつけましたが行った甲斐のある素敵な場所でした。磐座までは思ってたより歩きましたが、山道を登って頑張った分、自然のパワーをしっかり感じられました。
多くの神社を見てきたが、かなり好みの神社。まず砂利を敷いた参道は並木と社叢に囲まれており、社殿に向かう参拝者を静かに迎え入れている。さらに神社を囲む門兼囲いのような割拝殿(桟瓦葺・平入切妻造)があり、新しいため神錆びている雰囲気はないものの、外からは左右対称に見えて整っている。しかし割拝殿の中に入ると、左には鯉のいる池(当然池の中には市杵島姫を祀る厳島神社)と山の斜面があり、右には神楽舞を舞えるような舞台がある。舞台は割拝殿とL字に曲がって繋がっている。つまりこの割拝殿は左右対称の凹字型ではなく、池側が囲われていないL字型で、池の裏の山を拝殿の囲いの一部としているのだ。そして正面の拝殿は瓦葺・妻入入母屋造で、京都に多い舞殿風拝殿のようである。拝殿後方に銅板葺・一間社春日造の朱塗りの本殿があるが、本命は自然信仰の磐座、御社尾である。池のそばの階段を上がり20分ほど山を登ると、御神体の磐座があり、白龍が降臨したと伝わる。総じて、静かで並木のある参道、門のような割拝殿、池、舞台、拝殿、本殿、磐座と、神社に必要なものが全て揃っており、それが均等が取れていて、今でも地元の人に整備されているという驚異的なバランスの神社。大きい神社ではなくて、知る人ぞ知る感があり、静かに参拝できることも大きなポイント。まだ日本にはこんな場所があるんだなぁ。
大和国十四所山口神社の論社です、元々は闘鶏氏(ツゲノウジ)が祖神を祀っていたのであろうと考えられています。鳥本殿の裏山にゴシャオ(御社尾)御社尾の神石と呼ばれる巨石があり、水分神が降臨したと伝わる。水分神の上社と呼ばれています。境内は広く参道は両側に巨樹が立ち並び 割り拝殿も立派です、拝殿前には御神木の巨樹がありたまりません。
山口神社の特徴は、主に2つあります。1つ目は神社の周りに広場があることです。広場には、うんていや、鉄棒、ブランコがあります。しかも広いので、ボールを使って遊んでも、全然大丈夫です。2つ目は神社にある池には鯉がいます。様々な色の鯉がいて、とてもきれいです。最後に、山口神社では毎年お祭りをしています。ですが、今年は、新型コロナウイルスの影響で、できませんでした。山口神社はとてもきれいにしてあって気持ちが良いところなので、コロナが収まったら、ぜひ来てみてください。Kanato
森閑な神社。拝殿左右のふたつの池が満々と水を湛えていて、実によかった。地元の信仰が篤いようで、無人ながらよく手入れされていた。
冬の帰り道。もう夕方でしたが参拝させて頂きました。境内はとてもきれいに掃き清められていて、まるで先ほど掃除したばかりのように見えました。細かい砂利の上を歩いていきますが足跡が見えません。歩いてはいけないど真ん中を遠慮もなく歩いていることに気づかされました。本殿が見えたときはとても感動しました。豪華ではありませんが均整のとれた社殿でとてもすっきりしています。神社特有の重い雰囲気がありません。それでいて神聖な気品があります。小さな狛犬は風化していて表情もあまり読み取れませんが、返って全体的に可愛らしいお姿に見えたのが不思議でした。作ったときにこうなることが分かっていたかのようです。帰りに神社の出口の鳥居の前で小さなお子さんを連れた男性に出会いました。親子で手を合わされていて、その横を通過するときはちょっと恥ずかしくなり目を合わせられませんでした。地元の方の信心の長い歴史を感じたからです。
大好きな神社のひとつになりました。
| 名前 |
都祁山口神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-nara/jsearch3nara.php?jinjya=5731 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
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都祁山口神社(つげやまぐちじんじゃ)。奈良県奈良市都祁小山戸。式内社(大)、旧県社。【祭神】大山祇神 (合祀)大国主命【関係氏族】都祁国造氏資料によると、当社が始めて奉祀された年代は詳かでないが、神武天皇の皇子神八井耳命の御孫都祁の直が闘鷄の国造となり、小山戸に居住されて、闘鷄の国の鎮守都祁氏の氏神として神を祀り崇敬されたのが、都祁山口神社の起源だろうと考えられる。『延喜式』神名帳の大和国・山城国には「○○山口(坐)神社」と称する神社が14社記載されており、その中の一つが式内社「都祁山口神社」です。式内社「都祁山口神社」は奈良盆地の東方、大和高原にある都祁地域の山を水源の地、また用材の産地としてその守護神たる山の神を祀ったものでしょう。一方、当社は都祁友田町に鎮座する「都祁水分神社」の旧地であるとも伝えられています。「都祁水分神社」は「下山宮」と呼ばれたのに対し当社は「上山宮」と呼ばれたといい、かつては「都祁水分神社」から当社へ神輿の渡御があったと伝えられています。当神社の背後の山上字御社尾に巨石がある。元慶3年に水分神が白龍となつて降臨した所と伝え、その御神体という。往古水分社と山口社は同じ都祁郷に相接して存在していたと思われる。中世都祁氏の衰微と共に社運も衰え、わづかに水分社の祭礼の仮宮としてその伝統を保持した。とあります。