能登島小浦の大金持ちが贈る!
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| 名前 |
小浦左幸屋敷跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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能登島の小浦村には、島八太郎の子孫の1人である、森(小浦)左幸という大金持ちが住んでいました。左幸は土用の虫干しがくると、屋敷にある松の枝すべてに銭を吊るし、眺めて楽しんでいました。それほどの大金持ちでありながら、百姓には重い年貢を貸して苦しめていました。小作の百姓達は、年貢を減らしてくださいと毎度願ったが、決して聞き入れられませんでした。そこである日、百姓達はここから逃げて越後へ行こうと決めたのです。村人総出で越後に逃れた後、残された左幸も「小浦の左幸も1人おられん」といい、村人の後を追って越後へ行ったそうです。現在、屋敷の面影はありませんが、「能登島町指定史跡 小浦左幸屋敷跡」として、直径約1m前後の井戸跡や、整地されたとみられる平坦面、塚状の中世墳墓、五輪塔数基などが遺存されています。現存する五重塔はいずれも完成を成していませんが、復元すれば高さ約90cm前後の完形を保つ五重塔2基も以前所有していました。しかし、昭和46年、新潟県上越市塩屋新田村の「開村350年祭」の折に運ばれ、現在は同町「日野宮神社」境内に安置されています。なお、五重塔の年代は室町時代に比定されています。