加藤清正の幼き日々、津島の小社で。
清正公社の特徴
加藤清正の幼少期に関係する神社です。
小さな祠が印象的で意外に本格的です。
津島市上河原町に位置する歴史的な場所です。
明治になってからの建立という事で意外と新しい。歴史にはそれ程詳しくないが豊臣方のイメージが強いから江戸時代ではあまり良しとされなかったのか?
2018.5.2参拝。
青銅色の鳥居と、本殿(神を祀る内部空間)の手前に立派な拝殿(参拝者が礼拝する外部空間)があるのが印象的でした。
加藤清正は、永禄5(1562)年)に今の名古屋市中村区で生まれました。清正が数え3つの年に父・清忠が亡くなり、永禄9(1566)年、母とともに叔父が住んでいたここ津島市上河原町に寄寓(きぐう)しました。清正が子供の頃、賊を追い払うのに用いたという鬼面をかぶった親鬼が伝わっています。清正公社は、清正の叔父の家があったと伝わる地に加藤清正の徳を偲んで明治18(1885)年、社と碑(右の写真)が建てられました。
一時加藤清正が住んでいた叔父の家があったことから。鬼の面を持って葛籠の中に隠れて、家に忍び込んだ盗人を驚かせた逸話が伝わる。
以前から行ってみたいと思っていました。津島の散策途中に寄り道です。なかなか趣きがあって良いと思いました。
☆尾張最大の津島湊跡の少し北、津島の街中、細い路地に戦国武将『加藤清正』を祀る社、質素に津島での清正公の足跡を偲ぶような趣でした⛩️☆ここは母/伊都の弟/五郎助の叔父邸宅跡、『虎之助』3歳の時、父/清忠が亡くなり生誕地/中村から移り、3~11歳まで「津島上河原」で過ごした所縁の地😁☆秀吉と遠戚これが運命‼️母親が秀吉の母/大政所と従姉妹、縁繋がりで1573年近江国長浜城主に成った羽柴秀吉の小姓に昇り、秀吉子飼い家臣に、賤ヶ岳の七本槍の一人、数々の武功を挙げ肥後国「熊本城主」に、築城の名手🏯
とても小さくて本当に驚きました。しかし、清正公の生誕の地であるとか、盗賊を追い払った逸話などを拝読し非常に心に迫るものがありました。その小ささを目の当たりにして、来て良かったと思える場所になりました。
幼き頃の加藤清正が住んでいた場所子供時代に泥棒をタンス?に入って驚かして撃退した話がある説明を見ると賢い子供だったんですねちょっぴり楽しくなる場所です。
| 名前 |
清正公社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.tsushima.lg.jp/shokai/kankouannai/kiyomasayukari.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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幼少期の加藤清正が住んでいた所。加藤清正を好きな方は、津島神社参拝ついでにどうぞ!