名古屋大空襲を逃れた 文化財豊富な寺院!
清凉山 栄国寺の特徴
江戸時代に迫害されたキリシタンの歴史を感じられる場所です。
敷地内に点在するお堂には様々な仏像が自生しています。
名古屋大空襲を乗り越えた貴重な文化財が豊富です。
キリシタン博物館と本堂は拝観料100支払うと一緒に拝観できます。本堂は県指定文化財の阿弥陀如来様や五臓六腑と骨格が再現された阿弥陀様を拝することができ、前者は名古屋三大仏に数えられ、後者は写真になりますが内部の様子が公開されています。博物館では踏み絵やマリア観音などのキリシタンに関する資料が鑑賞できます。これらは800円で販売されている写真集で詳しく解説されています。
参拝して御朱印をいただきました。名古屋阿弥陀如来四十八願所 第三十六番札所ご本尊の阿弥陀如来は名古屋三大仏の一つにもなります。
2022年6月上旬に初めて参拝しました。東別院に参拝後、Google Mapsで検索した際、切支丹博物館の存在を知り寄ることに参拝を契機にかつて名古屋でキリシタンを弾圧したことを初めて知り学ぶことができました。境内には切支丹博物館のほかに千人塚(別名・切支丹塚)や又、名古屋最古の三大佛の一つで愛知県重要文化財に指定されている阿弥陀如来座像があり見どころあるお寺さんでした。
名古屋市中区にある清涼山栄国寺。尾張名所図会にも描かれている歴史があり趣のある寺院です。境内には切支丹博物館があります。本尊の阿弥陀如来坐像は、尾張北部の丹羽郡塔ノ地村・薬師寺から光友が移させた仏像で、「火伏不思議の弥陀」と称せられ、鎌倉時代 仏師春日の作です。薬師寺付近も大火がなく、戦時中の名古屋大空襲でも、栄国寺付近の家屋の焼失はまぬがれました。この阿弥陀如来像は名古屋三大仏のひとつです。尾張藩の初代藩主の徳川義直、二代目藩主の徳川光友は、徳川の切支丹弾圧の時代においても、当初は切支丹に寛容であったとされている。1631年(寛永8年)より、藩内で切支丹伝道に携わった者の処刑を始める。1644年(寛永21年)から、1645年(正保2年)にかけて名古屋城中からも切支丹が捕らえられ、1664年(寛文4年)には切支丹宗徒二百余名が処刑された。1665年(寛文4年)、徳川光友が、刑場を千本松原から土器野(現・清須市)に移し、千本松原刑場跡地に、西光院第9世任空可信を開祖として開基とする。
江戸時代にたくさんのキリシタンが迫害されて殉教された所だ。日本のリバイバルのため祈る。
ここでお参りすると仕事でいい事が起こる事があり近くに行ったら立ち寄ります。
栄国寺は、見どころ豊富です。東別院ついでに程度でしたが、来て良かったです。ここは、切支丹宗徒200名の処刑場だったそうで、切支丹遺蹟博物館があったり、名古屋三大仏の一つである阿弥陀如来坐像や本堂の鬼瓦、お釈迦様修行像、佛足石、切支丹塚、古亀甲岩思惟の座などなどが祀られています。是非、お参りください。
早朝に散歩。刑場の跡に出来たお寺さんだそうで、隠れ切支丹の斬罪を弔う碑を教会が置いている。小さいながら見所が多い。
敷地内に点在するお堂それぞれに仏像が。切支丹博物館経由で本堂に入ると、極々まじかに仏様を拝めます。仏像好きにとっては、うっとりタイム有り👍
| 名前 |
清凉山 栄国寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
052-321-5307 |
| 営業時間 |
[火水木金土月] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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西山浄土宗清涼山栄国寺。ご本尊は阿弥陀如来。正門というべき南の山門は東別院西にあり、幼稚園のこどもたちの声が元気に響いています。ここは切支丹の遺物を納める博物館の公開も行っていますが、いまは建物の一部を修復しています。