発明王の弟・佐助邸、無料公開!
旧豊田佐助邸の特徴
発明王・豊田佐吉の実弟、豊田佐助が住んでいた歴史的邸宅です。
大正5年の洋館と、大正12年の和館が共存する美しい建築物です。
無料で一般公開され、ボランティアによる丁寧なガイドも楽しめます。
名古屋の近代建築散歩の折、旧豊田佐助邸(大正期竣工)を見学してきました🚶♂️豊田式織機を発明した豊田佐吉の弟、豊田佐助が住んでいた邸宅です🏠青空に白いタイル貼りの外壁が映えていました☀️洋館で和館で構成された邸宅です🏠和館2階の金箔を使用した襖絵が煌びやかで印象に残りました❣️建物の特徴についてもう少し説明があっても良いかなと思いました🤔
トヨタ自動車の創業者、豊田佐吉の弟・佐助さんの邸宅です。こちらも名古屋あるあるの無料公開となっており、超豪邸を余すことなく拝見することができます。一方で調度品などはほとんどなく、やや寂しいです。お金取ってもいいから、少し豪華にしてほしいな、とも思います。
トヨタ自動車の創設者、豊田佐吉の弟さんの佐助さんの邸宅跡です。ここ白壁地区は文化の道と言われるどけあって、古い邸宅や料亭などが並ぶ地区で名古屋の真ん中とは思えないような静けさと格式の高さがあります。ここ豊田佐助邸は、洋館の外観ながら内部は和室もあり日本人が暮らしやすい構造になっています。この地区に馴染んだ館と庭園は、温かみがあり見るものを癒やします。
豊田佐吉の弟である豊田佐助の住んでいた家で、名古屋市がアイシンから借用契約を結んで一般に無料公開されています。今となっては珍しい電飾やスイッチ、窓などてんこ盛りでいいものがたくさん見られます。ガイドさんの丁寧な説明から、聞けば色々教えてくださいます。近くに駐車場はないので車の方はコインパーキングを利用するのが良いです。
トヨタ自動車創業者、豊田喜一郎の父親で発明家の豊田佐吉の弟の豊田佐助の旧邸。名古屋城や愛知県庁などの東隣の主税町にある。洋館と和館とで構成されており、どちらかというと和館のほうが趣き深いが、その金砂子?を散らした豪奢な襖の空間を主人は好んでいなかったとも。名古屋ということもあろうが、床の間には横井也有の軽妙な俳句の書が掛軸に仕立ててあり、「俳文の極致とも言うべき飄逸味溢れた俳文集」(Wikipedia)である『鶉衣』作者の句を味わえる主人の趣味の力量も窺えるというもの。また清朝の道士、劉一明の『會心集』の一節を書にしたためた掛軸があり、書いたのは電力王と呼ばれた実業家で、福沢諭吉の娘婿の福沢桃介のよう。Wikipediaの福沢桃介の項にはその後半生は女優の川上貞奴を伴侶としていたともあり、そのメルヘンチックな川上貞奴邸(文化のみち二葉館)はここからすぐそこである。
☆大事に管理保存されているなと感心❗️和洋折衷、白い瀟洒な洋館は大正5年、木造瓦葺の落ち着いた和館は大正12年の建築🏚️豊田佐吉の16歳年下の実弟で豊田紡織の社長務めた「豊田佐助」の旧宅、昭和45年まで実際に使用されていたそうです😲その後、アイシン精機⇒名古屋市が無償借り受け、それを何か凄いですね「入館料」無料で一般公開‼️☆大正期の建築物ですが、中も綺麗で素敵です、凄くお洒落です😄
■ 発明王・豊田佐吉の弟、佐助が住んでいました。■当時、長塀町に佐吉邸、白壁町に豊田喜一郎邸と豊田利三郎邸もありましたが、現存するのはこの豊田佐助邸のみとなっています。■豊田利三郎邸は門と塀だけが残されています。■木造の洋館・和館を併設したスタイルで、洋館の1階では蓮の蕾の形の照明、吊元の装飾、鶴亀にとよだの文字をデザインした換気口などが見られます。
豊田佐吉の3男の邸宅です。洋館と和館が引っ付いてますね〜。この時代は洋館に憧れるのでしょうか。トイレがめっちゃ広いんです。当時のままの広さだそうです。こちらは現在はアイシンさんの持物らしいです。無料で見せていただけます。ガイドさんもいらっしゃいますが、現在は簡単なガイドのみにされてました。
あちこちに見どころはあるけど、純粋に建物を見るので、知識がなくて入ったら、立派な家だね、で終わりそう。上質な材料と凝った建具(障子のさんや欄間など)、美しい襖絵などは流石です。なんと言っても無料で此が楽しめる❗
| 名前 |
旧豊田佐助邸 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
052-222-2318 |
| 営業時間 |
[金土日火水木] 10:00~15:30 |
| HP |
http://www.city.nagoya.jp/kankobunkakoryu/page/0000028733.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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豊田佐助という人物がどういう方が知らずに伺ったのですが、案内の方が「豊田創業者の豊田佐吉の実弟です」と教えてくれました。「私の母が芸能人の〇〇さんの母と仲良しなの!」という話を聞いた時のような気持ちでした。換気口のマークが鶴と亀から作られたデザインだったことなど親切に詳しく教えて頂けて助かりました。洋館と和館がつながった作りになっているのですが、洋館の方が古い建物と聞いてちょっと驚きました。この近くに下が和風建築で、上が洋風建築の結婚式場がありましたが、この辺りでは一時期流行ったのでしょうかね?