家康の危機、城の如き寺。
本證寺の特徴
家康と関わる由緒あるお寺で、三河一向一揆の中心地です。
水堀に囲まれた風情ある境内で、鼓楼も詰めている歴史的なお寺です。
鎌倉時代創建の国指定史跡で、蓮の花が美しく咲く場所です。
駐車場は境内でも停めれますが普通車は難しい。只今、境内周りを工事中。歴史に残る寺が現在に残っています。
「家康の三大危機」と呼ばれた三河一向一揆の拠点本證寺です。寺といっても城塞化された縄張を持ち、永禄6年(1563年)から翌年にかけて僧空誓と家康が戦い、結果家康の勝利に終わりましたが、宗教の恐ろしさを実感したことでその後の対宗教集団への弾圧が強化されたといいます。現在でも土塁や水濠が残っていて、本證寺城とも呼ばれた姿を偲ぶことができました。駐車場は裏手にあり舗装工事中のようでしたが、大門をクルマで入って広い本堂前に余裕で停めることが出来ました。本證寺境内は、徳川家康が三河を統一する画期となった三河一向一揆に関わる寺院境内地や、浄土真宗寺院の伽藍の在り方など我が国の仏教信仰の在り方を知る上で重要であるとして、国の史跡名勝天然記念物に指定されています。
建永元年(1206年)頃に創建された、真宗大谷派の寺院です。境内の周りにお堀がある珍しいお寺で、城郭寺院とも呼ばれています。お堀は一部現存しており、珍しい作りが見られました。三河一向一揆の本拠地の一つでもあり、徳川家康と対立したことでも有名です。この出来事は家康三大危機の一つでもあり、歴史上でも重要なお寺でした。境内は広く、本堂などの作りも立派で品格が感じられました✨由緒あるお寺を参拝できてよかったです🙏🏼
2026年1月お城の様な作りのお寺で当時が忍ばれます。しかし訪れる人も少ないのか境内に人気はなくちょっと寂しいです。
浄土真宗大谷派の寺院。鎌倉時代後期に慶円(きょうえん)によって創建されたと伝えられています。三河一向一揆の中心拠点の一つとして徳川家康と戦い、家康を窮地に立たせるほど追い詰めた事で「家康三大危機」の一つに挙げられています。その後は形勢が転じ次第に一揆勢が押し込まれ、半年後に一揆は鎮められると、寺院は破却され本證寺ら真宗の僧侶は領国から追放されます。しかし、1585年(天正13年)に禁制が解かれると当地に戻り再建を果たし、現在に至ります。浄土真宗の寺院や寺内町によく見られますが、単なる宗教施設ではなく、外敵から身を守る軍事施設にもなっています。堀と土塁で周囲を囲み、櫓にも使える鼓楼などを設けており、城としても遜色ありません。再建とはいえ、当時の面影を色濃く残しているのが素晴らしいです。いろいろ想像しながら拝観させて頂きました。門が大きくなくて躊躇しますが、車を門をくぐって境内に駐車可能です。万一停められない場合は、裏にも駐車場があります。
三河一向一揆で家康が対応に難儀したお寺です山門からクルマで入って駐車できますコンビニに停めて歩いて損しました大河ドラマのアノ舞台かと思うと普通の風景ですが感慨深いです。
これはもはや、お寺ではなく戦闘用の城。お掘りや土塁が有り、見どころたくさんでおもしろかった。戦国時代の宗教団体は、戦闘集団だったことが顕著にわかる遺構。武家から警戒されていた理由がよくわかる。だから、お寺なのに御朱印ではなく、御城印。尚、なぜか土塁にキツネが巣作りしていて住み着いており、ビックリ。可愛かった。
家康と関わりのある由緒あるお寺です。ご朱印は既にいただいてあたので、改めての参拝では御城印をいただきました。立派な格式ある玄関で、丁寧に対応していただきました。
シャチホコを乗せた威風堂々たる隅櫓に、石垣と水堀・・素晴らしい! 命や財産を守る防御施設としての「城」の本来の姿を見せつけてくれます。とは言ってもここは「寺」であって城ではないのですが(笑)。さすがは若き日の徳川家康を半年に渡って苦しめた、「家康三大危機」の一つ三河一向一揆の中心地だけあります。ちなみに当時の寺には「守護不入」の特権があり、山内には高度な自治権が認められていました。今で言えば大使館のようなものです。一揆のきっかけは、この本證寺に逃げ込んだ無法者を、家康の配下が勝手に入り込んで捕縛した事にありました。日本の官憲が許可なく外国大使館に突入して、政府が犯罪者とみなす人物を逮捕したようなものです。そりゃ外交問題になるでしょう。どっちにしろ強力な三河国の一元支配を目指す家康にとって、自治権を主張する中世宗教勢力など「目の上のたんこぶ」でしかなく決定的な対立は時間の問題でした。兵をあげた一揆軍は、信徒であった家康の家臣も配下に組み入れ一時は本拠地の岡崎城下に押し寄せるなど、当時22歳の家康を苦境に陥れます。これをなんとか凌いだ家康は反転攻勢に出て一揆軍を各個撃破し、また敵も味方も顔見知り(笑)なので切り崩し工作により勢力を削ぐ事に成功し、かろうじて一揆軍を制圧しました。戦後処理で本證寺は取り壊され、一時は三河の国から追放されていますが、江戸時代初期に許されて現在地に戻り再建したのが今の姿です。この騒動の際に家康は部下の人心掌握術や宗教勢力のコントロールの方法などを学び、統治者として人間として大きく成長したとされます。この寺は家康にとって苦い思い出の場所であるのと同時に、「天下人」になるための貴重な経験を積んだ場所であるとも言えるでしょう。
| 名前 |
本證寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0566-99-0221 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 5:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
駐車場は門をくぐった境内の中にあります。NHK大河ドラマどうする家康で三河一向一揆の中心となったお寺。本堂内に入り御本尊様を拝ませていただくことができます。